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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2008/2/17
特例有限会社(7) 代表取締役の選任方法


特例有限会社で必要となる機関は、株主総会と取締役だけですので、代表取締役は必須ではありません。

選任する場合は、

@定款で定める方法
A定款に定めて、取締役の互選で選任する方法
B株主総会の決議により取締役の中から選任する方法

があります。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

社長の勉強法(2)
具体的な実践手順(2)

〜3種類の利益のおおよその考え方と、具体的な計算〜

5 学習回数を、同業者、競争相手の3〜5倍多くする。
同業者、競争相手の学習回数は不明なので、20〜30回繰り返す。
要因1つで6時間の学習 6時間X20回=120時間 6時間X3回=180時間
8要因X120時間=960時間  8要因X180時間=1440時間

6 3つの角度から考える。
思い込みをなくすために、常に3つ以上のケースを考える訓練をする。

7 大事な物は語源や、大本を確認する。

8 社長の仕事を常に意識する。

社長の仕事

1 戦略を研究史戦略実力を高める。
2 経営の八代要因を自社の規模に合ったものにアレンジするする。
3 従業員が実行しやすい仕組みを作る。
4 従業員を指揮指導監督して営業活動をする。

1〜3は目に見えないため、4だけが仕事と思っている社長が多い。

(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

2月15日 シンガポール陥落
1942年(昭和17)

 大東亜戦争劈頭の日本軍の仏領インドシナ侵攻(開放)に始まる、南方作戦の最大の難関は、難攻不落を誇る英国の東洋における最大の軍事拠点、シンガポール要塞の攻略でした。

戦闘は昭和17年1月31日から始りました。戦力は日本軍36000人、英国軍85000人と、英国軍が優勢でしたが、現地植民地軍との寄り合い所帯で、戦闘訓練が不十分で、また戦闘経験もほとんどありませんでした。
一方、日本軍は制空権を握り、戦車、歩兵戦術、戦闘経験で英国軍に優越していました。

 総司令官のパーシバル中将は「英国兵1人は、日本兵10人に優る。」と豪語していましたが、わずか半月の戦闘で、降伏を申し入れました。
このときに山下奉文中将は「無条件降伏イエスかノーか!」と恫喝的に迫ったといわれていますが、実際は穏やかに「無条件降伏する気があるかどうか聞いてくれ。」と通訳に言ったそうです。
それを日本の記者が、勇ましく報道するために粉飾したと言うのが事実のようです。

後々まで山下将軍はこの事を気にしていたそうです。
戦後、いわゆる山下裁判で死刑に処される時、米軍はわざわざパーシバル将軍を呼び寄せ、その絞首刑の様子を見学させたそうです。
米英の国柄の、これもその壱つ。もって他山の石としたいものです。


2008/2/29 特例有限会社(9) 監査役の要否と任期


特例有限会社では、監査役の設置は任意です。
監査役を設置する場合は定款に定めることが必要です。
また設置する場合は任期は特に無いので何時までも在任することが可能です。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

業績向上の為の攻撃目標の定め方

1 2代目で朝が遅くまともな経営努力をしていないが、高級車に乗り、交際費をどんどん使っている会社。
2 初代でも、公職や名誉職を多く引き受けて、会社経営を放置している会社。
3 社長が経営戦略を勉強せず、従業員に文句ばかり言っていて、従業員がヤル気をなくしている会社。
4 納期が遅い会社。
5 顧客対応が悪く、お客の評判が悪い会社。
6 大会社を攻撃目標にする時は、弱点を狙う。

攻撃目標を誤ると労多くして、益少なく、痛い目にあいますので気をつけましょう。

(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

2月22日 聖徳太子薨去(こうきょ)
1970年(昭和45)


 20才の時(594年)、推古天皇の摂政として国政を担当することになった時、大陸では隋が中国を統一(589年)していました。
この当時から近代まで、周辺諸国の最大の対中国外交課題は中国の政権といかなる関係を結ぶかと言うことでした。

つまり、国王号をもらい臣下としての礼をとり、朝貢貿易で利益を得るか、対等の関係を択ぶか、敵対するか、と言うことです。
朝鮮は「朝鮮国王」として臣下の礼を取りました。
当時、日本は朝鮮から三韓進調と言う形で朝貢を受けており、「日本国王」として朝鮮と同列の関係を結ぶわけには行かないと、言うのが日本の立場であり、考えでした。

607年、小野妹子にあの有名な「日出ずる処の天使、書をもって日没する処の天使に致す、恙(つつが)無きや、、、」の国書を持たせて髄に派遣しました。
煬帝(ようだい)は、「国」は隋だけであり、「天子」も自分だけだと、大いに怒りましたが、結局、日本が国としての制度を持しており、小野妹子も官位を持った正式な使者である事を認め、対等の国交を結ぶことにし、翌年,小野妹子が帰国する時、裴世清(はいせいせい)を返礼の使者として派遣しました。

この一事が、その後の日本の対中関係をはじめとする外国との日本の国の基本方針となりました。
朝鮮は概ね中国の属国でしたが、日本は常に対等でしたし、時には対等以上でした。
この聖徳太子の偉業、遺産を守り抜くことが子孫たる我々日本人の使命だと思うのですが、そんなことも知らずに、諸外国のご機嫌取りに汲汲とする、情け無い日本人が多くなりました。

この日、太子は斑鳩宮で薨去。御年は織田信長と同じ49歳でした。太子の志は、23年後の645年(大化元年)に中大兄皇子(天智天皇)の大化の改新に引き継がれて行きました。


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