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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2008/6/16
特例有限会社(15)  同じ市町村内の同一商号は認められるか


従来は、同じ市町村内での同一商号は類似商号の禁止ということで、登記が認められませんでした。
会社法ではその規制がなくなりましたが、同じ住所で同じ商号は認められません。
つまり住所が違えば同じ商号が登記できるということです。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

小規模1位主義、部分1位主義(3)
〜細分化して考える(2)

3 営業地域を細分化する
海、山、川など自然の障害物で分断されている場所を見つける。
島、半島、港町、盆地、山裾や川べりなど孤立的な集落を他と区分する。
大都市周辺でも川、鉄道、高速道路などで他と分断されている場所がないか。
大都市から離れて、孤立している所がないか。

4 差別化も細分化も困難な時は撤退する
次のような状況の時は無理をしないで撤退する。
 商品が飽和期に入り、差別化が効かない。
 各社入り乱れてマネ、類似商品が多く差別化が効かない。
 商品が衰退期にはいってきて差別化も効果がない。
 中国等から安い類似商品が入ってきて差別化でも太刀打ちできない。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

6月12日 福島安正,単騎シベリア横断
1893年(明治26)

ドイツ公使館付武官の任を終えた陸軍少佐福島正安は、いずれ避けられないであろうロシアとの戦争に備えての情報収集の思惑を秘めて、単騎でのシベリア横断を経ての帰国を計画。
隠密に実行するつもりがアメリカなどの新聞にまで報道され、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世から、赤鷲三等勲章を授与され謁見を賜るなど、出発前から世界的な英雄となりました。

明治25年2月11日(紀元節)ベルリンを出発。
途中露都ペテルブルグに立ち寄り、騎兵将校らの歓待を受けました。
ナポレオン1世を打ち破った勇猛を誇る彼らですら、冬季の単騎シベリア横断を企てた者すらなく、福島の剛毅に感嘆し感激しました。
半月の滞在中に、ロシア軍の兵力は日本の約14倍、中でも騎兵は練度、士気とも高く精鋭ぞろいとの情報を得ました。

ウラル山脈を超えシベリアに入り、途中、中央アジア、外蒙古、北満州など経てシベリアに戻り、この日無事、ウラジオストクに到着。
所要日数487日、踏破距離3800里。この壮挙に日本中が沸きあがり、さらにこの横断中に中佐に昇進、勲三等を授与されました。

翌年8月1日、日清戦争がはじまり、翌年4月日本の勝利で終わりました。
さらにその9年後の1904年(明治37)、ロシアの強引な圧力を撥ね返すべく日露開戦を決断しましたが、その決断と開戦後の満州での戦勝に、福島安正がこのシベリア横断中に収集した正確な、豊富な情報がおおいに役立ちました。

日本人の冒険家の遺伝子は堀江健一、植村直己などに受け継がれていますが、冒険の種類というかレベルというか、桁が違うような気がします。
これも畢竟、日本の国の桁が違ってきたからなのでしょう。



2008/6/30 特例有限会社(16)  株式会社への移行の仕方 


有限会社から株式会社へ移行する時は、定款を変更して商号中に「株式会社」の文字を使用しなければなりません。
登記手続き的には、有限会社についての解散の登記と株式会社の設立の登記が必要で、代表印も改めて届け出をする必要があります。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

差別化的目標設定法

1 強みを生かして弱みは捨てる。
弱いものを強くすると、全体が強くなると思いがちだが、実際は反対の結果になることが多い。
黒字の商品(支店)への人的・資金的補給を減らさないで、赤字の商品(支店)へのテコ入れが出来ればいいが、実際は限りある人的・資金的資源の取り合いになるのでるので、赤字の商品(支店)へのテコ入れの分だけ黒字の商品(支店)への人的・資金的資源の投入量が減ることになるので、黒字の商品(支店)の黒字額は減ることになる。

さらに、社長(社員、社内)の関心が弱いもの、赤字のものに向かうので 、強いもの、黒字のものが段々弱くなってしまいがちになる。

それよりも、黒字の商品(支店)に人材、資金をつぎ込み黒字幅を伸ばしたほうがいいケースが多い。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

6月28日 サラエボ事件
1914年(大正3)


1908年にオーストリア帝国に併合された、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア系ボスニア人は、セルビアへの統合を目指して陰に陽に抵抗運動を行っていました。
そのような情勢の中、ボスニア・ヘルツェゴビナを訪問していたオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者、フランツ・フェルディナント大公が、セルビアの青年ガブリロ・ブリンツィブにより大公妃とともに銃撃により暗殺されました。

オーストリア=ハンガリー帝国はセルビア政府に最後通牒を発し、無条件での受諾を要求しましたが、セルビア政府が条件付きの受諾を表明したため、7月28日、セルビアに宣戦布告。
当時の複雑な同盟関係、対立関係もあり、各国政府、君主の戦争回避の意向にもかかわらず、各国が事件勃発により発令していた総動員令を統御できず、予想外の戦争(第一次世界大戦)へと雪崩れ込んで行きました。

日本は日英同盟により連合国側の一員として8月23日、対独宣戦布告により、同盟国側に対立することになり、ドイツの支那租借地青島や南洋諸島を攻略。連合国側の勝利により、ドイツの支那における権益と、赤道以北の委任統治領を引き継ぎ、5大国の1つに数えられるようになりました。

しかし、同盟国イギリスの要望する陸軍や海軍のヨーロッパ戦線への派遣について、巡洋艦、駆逐艦18隻を派遣しただけで、陸軍は派遣しませんでした。
1905年に日露戦争に勝利したばかりで日露、日支の間が平穏とはいえない状況ではありましたが、210万人を派遣したアメリカとは大違いでした。
これが大戦終結から5年後の1923年に日英同盟が解消される大きな理由の1つになったという有力な説があります。



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