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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2008/11/14
長壽医療制度と税金


長寿医療制度(後期高齢者医療制度)の導入で、子である従業員が払った保険料は社会保険料控除が適用されます。
ただし親の年金から天引きされた保険料は対象外となります。
また75歳以上の親の年金が158万円以下であればこれまで通り老人扶養親族として扶養控除の対象になります。


詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

ジャック・ウェルチ方式

 もう旧聞に属しますが、また有名な話ですが、GEのジャック・ウェルチが会長に就任した時にまずやったことは、1位か2位、またはもう少し頑張れば2位になれそうな商品以外はすべて切り捨てることでした。10万人以上の人達が解雇され「人切りジャック」と呼ばれました。

その甲斐あって何年か後には世界有数の優良会社になりました。GEのような大会社ですら目標を絞り、勝てるところで勝負しています。
7、8年前にキャノンがPC事業から撤退しました。その時PC事業部の責任者が「命をかけてがんばる。」と言ったのに対して、時の社長は「見込みの薄いものに命をかけられても迷惑だ。」と言って、撤退を決断したという事です。

GEはもともと発明王「エジソン」の興した会社で、発電と電機関連の製造会社でした。
しかしジャックの改革の結果、原子力発電を中心とするインフラストラクチュアと金融業、サービス業が全体の80%を占めるようになりました。
最早エジソン以来の製造業とはいえなくなりました。更に長い目で見たときに、それがどのような影響を及ぼすのかと言う、別の悩ましい問題はありますが、、。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

11月4日 平民宰相原敬暗殺
1921年(大正10)

原敬は安政3年2月9日(1856年3月15日)南部藩の家老の家に生まれましたが、幕末の所謂戊辰戦争で藩が幕府方について薩長軍と戦って破れた為、藩が没落。学問で身を立てようと、司法省法学校(のちの東大法学部)に、優勝な成績で入学するも、寄宿舎の待遇改善を求めた改革運動が薩摩出身の校長の不興を買い退学処分となりました。

23歳の時郵便報知新聞に入社、その後26歳の時に語学力を認められて、外務省の翻訳係に採用されるも薩長の壁に阻まれて官職に甘んじていましたが、明治25年外務大臣に就任した陸奥宗光は、原の才能を評価し通商局長に抜擢、さらに28年38歳の時に外務次官に就任し、外務省職員の採用を縁故によらず、試験によるなどの改革を実施しました。

陸奥が外務省を去ると原も職を辞し、33年立憲政友会の設立に参画し、35年の衆議院議員選挙に立候補し当選。
政治家としての道を志して行きました。
第一次世界大戦、ロシア革命、シベリア出兵などの混乱のさなかの大正7年8月、米騒動が起こり全国的規模にまで発展し、軍隊まで繰り出す騒ぎとなり、薩長藩閥政治は行き詰まり、国民的人気の高い原敬に政権を委ねるより他なしとし、大正7年9月29日第19代内閣総理大臣に就任。

大正10年1月、満鉄疑獄事件など、与党政友会の不正・腐敗が立続けに明らかになり、政局は混乱し、落ちた評判を盛り返すために8月から4か月の全国遊説を計画。
この日も遊説に出発するため東京駅に出向き、午前7時25分駅長の先導で駅長室を出た所を、物陰から飛び出してきた中岡艮一に短刀で胸を刺され、傷は肺から心臓に達し5分後絶命。
享年66歳でした。

指導者を失った政友会は勿論、政界全体が混乱しその10年後の満州事変、12年後の国際連盟脱退と激動する世界情勢の中で、日本の政治と外交は混迷を深めていきました。原ありせば、、、。



2008/11/30 地震保険と長期損害保険 


従来長期損害保険は最高15000円の控除でしたが、19年度からは一定の条件を満たす長期損害保険を除き控除対象とならず、地震保険のみ、5万円を限度とする支払額が控除されることになりました。
例えば、条件を満たす長期損害保険料2万円と地震保険料3万円を払った場合は前者で15000円(2万円×1/2+5千円)、後者で3万円、合計45000円の控除、地震保険料が4万円の場合は15000円と4万円で55000円ですが、5万円が限度となります。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

目標には必勝の力を投入する

商品、業界、地域、客層で1位を目指すには、必勝の資金・人材を投入する必要があります。
目標達成期間が3年の場合は、今の1位の会社の1.7倍の資金・人材を投入し、5年の時は1.3倍を投入する。投入量が1位の0.6以下では勝負になりません。
半分や3分の1の投入量でいくら社員に「がんばれ、何とかしろ、やる気を出せ」だけでは社員の士気が上がらず、勝てません。

個別目標達成主義

1位を目指す目標が幾つのもある時は、まず1番小さい、確実な目標に絞り、それに必勝の戦力を投入します。
それを足がかりとし、その成功体験生かしながら、次の目標へと地歩を進めていくと言うやり方で行くと失敗が少なくなります。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

11月26日 ハル・ノート提議
1941年(昭和16)


 対日強固派だった財務長官のヘンリー・モーゲンソーは部下のハリー・ホワイト(戦後ソ連のスパイであることが発覚し自殺)がこの年の5月に書いた原案をもとに作成した「日本との緊張を除去し、ドイツの敗戦を確実にする問題の処理方法」という文書を11月18日にルーズベルト大統領と、国務長官のコーデル・ハルに送りました。

この日、ハルは部下と協議し日本に関する部分を「合衆国と日本国間の協定の為の基礎概要」として提議しました。
主な内容的は、1中国とインドシナからの完全撤退。2蒋介石政権を唯一の中国正統政権として日米とも認める。3中国における治外法権を日米とも放棄する。4第3国との協定を太平洋で発動しない。

これは、1は協定に基づく駐留や権益をも認めないというもので、2は日本の支持する汪兆銘政権や満州帝国の否定し、3は日米以外の英仏等他の諸国の治外法権は残したままであり、4は日独伊軍事同盟を無力化ならしめるものであり、到底日本としては受け入れることが出来ないものばかりでした。

これは日本を戦争に引きずり込むための謀略であることが、今や文献的にもはっきりしていますが、問題は何の策もなくうかうかとその挑発に乗ってしまった日本の人の善さ加減です。アメリカとさえ戦争をしなければ何の問題もないのですから、東南アジアと満州を押さえて、もしアメリカが攻めてきたら迎え撃てばいいのです。

ルーズベルトは戦争をしないと約束して大統領選挙を勝ちましたから、ヨーロッパやアジアの戦争に介入できず焦っていました。
日本の真珠湾攻撃を聞いて英国のチャーチル首相は「これで助かった!」と狂喜したと言います。



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