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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2009/8/17
消費税 非課税取引と不課税取引

8月15日の終戦記念日、昼間は用があったので、夜7時ごろ靖国神社に行ってきました。
本殿前の門が閉まりかけていましたが、駆け込みで入れてもらいました。
さすがに人数は少なくゆったりとお参りできました。
帰りは脇の通用門のような所から外へ出ました。
夜の靖国神社、静かで厳かでした。


消費税 非課税取引と不課税取引
消費税法で課税取引に該当しない取引に、非課税取引と、不課税取引があります。
前者は土地、有価証券の譲渡や、社会医療保険など課税対象になじまないものや、社会的な配慮から課税されないものですが、後者は国外取引や、寄付・贈与などのように、対価に対して見返りとしての給付を受けないものなどです。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

経営の目的は何か

経営の目的は「利益発生源のお客を作りだし、その数を増やすこと」です。

経営の構成要素としてよく「人(従業員)・物(設備等)・金(資金)」と言いますが、それらはこの目的達成のために必要とされることです。
そして、経営で利益の発生する瞬間は「お客のお金と自社の商品(サービスを含む以下同様)を交換する時」だけです。

経営の目的が「利益」だと考える人もいますが、そうだとすると、お客は手段になってしまいます。
物と金は確かに手段ですが、人(従業員)は単なる手段ではありません。
ましてやお客は手段ではありません。

「利益は経営の目的ではなく、その前提である」とP.ドラッカーは言っています。

このように利益を考えると、利益の経営における必要不可欠性がよく理解できます。
利益には利益の内部留保たる利益剰余金も当然含まれます。
いつも赤字で、内部留保もない会社は経営の前提条件が欠けていることになります。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

8月9日 長崎の原爆投下とソ連侵攻
1945年(昭和20)

アメリカ合衆国の政府・軍の首脳部は、対日戦争は本土上陸や新兵器(原子爆弾)を使用するまでもなく、戦争を終結させられるだろうと確信していたことは、ほぼ確実なようです。
にもかかわらずなぜ6日の広島に続き長崎にも原爆を投下したのでしょうか。

トルーマン大統領の個人的な人間性によるとする説(彼は臆病者と思われるのが嫌だった。)や、上陸戦や地上戦に伴う人的被害を避ける(これが現在に至るまでの公式な理由の最たるものです。)など諸説ありますが、ソ連の参戦前に戦争を終結させ、戦後の対ソ連牽制の為という説も有力なようです。

しかしアメリカの原爆開発、原爆投下に焦りを感じたソ連は、1946年4月25日まで有効な日ソ中立条約を一方的に破棄し、いきなり8日深夜対日宣戦布告し、この日に満洲国、千島列島等に侵攻を開始して来ました。
日ソ中立条約の延長はしないとの通告は事前にありましたが(延長しない場合は、1年前に通告することになっていました。)、日本大使館の電話回線等はすべて切断され、全くの奇襲攻撃でした。

日本は敢えて、対ソ連宣戦布告をせず、「韓信の股潜り」で耐え忍びましたが、その侵攻は終戦後の9月5日の北方4島の占領まで続きました。
この火事場泥棒的な占領がいまだに続いています。



2009/8/31 消費税 非課税売上と課税売上割合計算の分母

民主党の圧勝で選挙も終わりました。
消去法で仕方なく出た結果のようで、個人的には高揚感は全くありません。
あとは政界再編成ですかね。旧社会党左派を抱え込んだ民主党と社民党(旧社会党)との連立ではろくなことはないし、お手並み拝見というほどの余裕もないと思いますが。


消費税 非課税売上と課税売上割合計算の分母
消費税法では、売掛金等の金銭債権を第三者に譲渡した場合は、其の売上は非課税売上になり、原則として課税売上割合計算の分母に含まれます。
一方商品売買等の対価として直接取得した「売掛金」を第三者に譲渡した場合はその「売掛金」売上は非課税売上になりますが、課税売上割合計算の分母には含めません。
商品売上と、売掛金売上げが二重に分母に含まれるのを避けるためです。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

経営の目的は何か

「利益は経営の目的ではなく、その前提である」とP.ドラッカーは言っています。
利益がないと次のような経営上の問題に対応できなくなります。

1 予想できない大きな費用が発生するとき。

2 工場の増設や支店の開設などの拡大策が必要な時。

3 売れ筋商品が売れなくなったり、主力商品が落ち目になる前に、新製品を開発、開拓しなければならない時。

4 子会社などを作って将来事業拡大するとき。

以上のように、会社を長く安全に経営するために必要な資金を、借金にばかり頼っていては借金返済で首が回らなくなります。
長く、安全に会社を経営するために前提的に必要なのが利益です。

(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

8月25日 種子島に鉄砲伝来
1543年(天文12)
この日、台風に遭遇し種子島の西之浦湾に漂着した中国船に乗っていたポルトガル人が持っていた、火縄銃の実射を見てその威力を認めた第14代種子島領主の種子島時堯(ときたか)は、好奇心旺盛な15歳の若き領主でした。
鉄砲2挺を2千両(現在のお金で約2億円)で購入し、刀鍛冶の矢板金兵衛清定に鉄砲作り、家来の篠川小四郎に火薬の調合法を研究させました。
金兵衛は銃尾を塞ぐ鉄片を止めるネジに苦労しましたが、2年後には数十挺の鉄砲を作り上げました。
島は砂鉄の宝庫で、砂浜は黒砂。鉄は現地調達。正に天恵でした。

これが当時黒潮を利用して種子島と貿易関係のあった紀州の根来衆や、さらにそこを経由して近江の国友村や、摂津の堺などに広まりました。その20年ほど後には全国で鉄砲の保有量が約50万挺にのぼり、当時の世界の鉄砲保有量の約80〜90%を占めるほどになりました。

織田信長は天下統一を目前にし、その野望は朝鮮、明国(支那)、さらにはルソン、インドシナ等の海外を目指していたようです。
筑前守羽柴秀吉、日向守明智光秀を先兵として、戦国時代100年を勝ち抜いた精強兵100万、当時の最先端兵器たる火縄銃50万挺をもってすれば、10年ほどで目途は付いていたことでしょう。

当時の世界の2大強国たる、スペイン、ポルトガルもその軍事力は陸軍に限れば日本1に対して、0.1〜0.2程度で、日本は当時世界最強の陸軍国だったと思われます。
信長の野望の実現を目指した秀吉は病に倒れ、家康は内にこもり一国平和主義的国家を選びました。250年後、世界は一変していました。



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