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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2010/1/15
総収入金額と収入金額との違い

小沢幹事長逮捕のXデーは何時でしょうか。
外見的に威張って、高慢そうに見える人はいますが、内外ともにこれほど傲慢な政治家を私は知りません。
外国人地方参政権付与、中国べったりの外交などまさに売国奴的な政策、言動は、昔なら非国民ものです。
必殺仕置人が必要かも。


総収入金額と収入金額との違い
たとえば、事業所得のように、農業・造業・販売業などの事業所得から生じる収入以外に、様々な事業の付帯収入も合算・集計するため総収入金額といい、給与所得のように一種類の収入だけを集計するものを収入金額と条文上区別し、事業所得は「総収入金額から必要経費を控除した金額」、給与所得は「給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した金額」を、それぞれの所得をとすると規定しています。


詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

競争に勝って一位になるためには

個人は唯我独尊でも生きていけますが、会社は数多くの競争相手と競争して勝たなければなりません。

その為には勝ち方のルールを研究し、勝ち方の腕を上げておかなければなりません。
その為にはどうすればいいでしょうか。

戦いが最も激烈な形で表れるのは戦争です。
そこで戦争を例に勝ち方のルールを勉強するとわかりやすと思います。

最も早く戦争を理論的に研究し始めたのは、古代ギリシャでした。
彼らは戦争に勝つためには「兵士の術」と「将軍の術」の2つを、高めなければならいという結論に達しました。
これは現代にいたるまでも変わることのない、普遍的な大原則です。
これを研究し、経営に応用しない手はありません。

(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

1月7日 昭和天皇崩御
1989年(昭和64)

天皇家創世記は別として、歴代の天皇は武人としての権力ではなく、歴史的な伝統や文化の継承者、体現者としての権威を以て、日本の安寧と繁栄のために「万世一系」の存在として日本に君臨することを、日本人が認め、望んだからこそ、紀元以来(今年は紀元2670年)今日まで絶えることなく血統を伝え続けて来れたので、これは日本が世界に誇って良いことだと思います。

昭和天皇は、戦前は神として、戦後は日本国民統合の象徴として、また日本人の精神的な大黒柱として国民に勇気と誇りを与え続けられましたが、この日崩御されました。

昭和天皇の政治的責任、とりわけ戦争責任についていまだに評価が分かれていますが、天皇の歴史的な在り方や、権力(権限)なきところに責任なしを基準に考えれば、昭和天皇の政治的責任、ましてや戦争責任を問うこと自体が見当違いで、誤りだとと思われます。

明治維新の時の孝明天皇の評価、日清戦争、日露戦争の時の明治天皇の評価と比較して考えれば良くわかります。
天皇のおかげで成功した、勝ったという評価はほとんど聞きませんし、そもそもそういう評価自体になじまないと思います。
ただ後者については、明治天皇のカリスマ性は絶大でそれは認めますが、それは昭和天皇もほぼ同様です。
ただ違いは、明治天皇は勝者でしたが、昭和天皇は敗者でした、残念ながら、、、。

昭和11年、「降る雪や明治は遠くなりにけり」と俳人中村草田男は詠みましたが、それは明冶天皇崩御の25年後のことでした。ちなみに2.26事件が勃発したのもこの年でした。
平成も22年、このような名句がまた生まれるのでしょうか。
誰か挑戦してみてください。
私もその気だけはありますが、、。



2010/1/29 平均功績倍率法

一首できました。

新年も ひと月過ぎて 目出度さも
喉元過ぎる 今日この頃


平均功績倍率法
社内規定に従って役員退職慰労金を支払った場合でも、不相当に高額と判断された部分の金額は、損金算入を否認されてしまいます。
そこで国税庁は次の通り計算する金額を適正額の目安として発表しています。

@適正額=最終月額報酬×勤続年数×平均功績倍率
A平均功績倍率=類似法人の退職慰労金÷(最終月額報酬×勤続年数)

を、複数の法人について計算し平均する、と言うものです。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

競争勝つための「兵士の術」と「将軍の術」

古代ギリシャでは戦争に勝つためには、「兵士の術」と「将軍の術」の2つを高めなければならいという結論に達しました。

兵士の術  兵士の役目を果たすために必要な術ということになります。

@1対1で敵の勝つために兵器の使い方を覚え、その腕を上げる。
A将軍の方針に従って行動すること。
B将軍の指示に従い自分の持ち場を守ること。

将軍は強い兵士を育てる為に、兵士を教育し訓練しなければなりません。
教育とは本やマニュアルなどを使って、頭で理解させるることで、訓練はそれを実際に体を動かして体得させるということになります。
特に精度の高いマニュアルによる訓練が効果絶大であることは、ディズニーランド、マクドナルド等の実例があります。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

1月28日 白瀬矗南極大和雪原に日章旗を掲ぐ
1912年(明治45)
白瀬矗(のぶ)は旧暦文久元年6月13日(1861年7月20日)秋田県由利郡金浦村(現にかほ市)に生まれ、11歳の時に寺子屋の先生佐々木節斉から北極の話を聞き、探検家を志すようになったということです。
1879年(明治12)上京して軍人になるべく陸軍教導団騎兵科に入校。千島探検団に参加するなどしました。

「1906年4月6日米国人ピアリー北極点踏破」を聞き、目的を南極点踏破と定めました。
1910年帝国議会衆議院は「南極探検に要する経費を下付請願」を満場一致で可決するも、政府は点検の成功を危ぶみ可決された3万円の援助を行わず、必要経費14万円は熱狂的に応援する国民の義捐金で賄うこととなりました。
講演会も組織され、三宅雪嶺らが名を連ね、会長には大隈重信が就任しました。

1910年11月28日一行は漁船を改造した200トンの開南丸で芝浦埠頭を出発しました。
同じころノルウェーのアムンゼン隊や、英国のスコット隊も南極点を目指しており、世界中がこの三隊の先陣争に注目しました。
まず1911年12月14日ノルウェーのアムンゼン隊、次いで1912年1月17日英国のスコット隊が南極点に到着。
アムンゼン隊は無事帰還しましたが、スコット隊は帰路遭難し3月29日までに全員が死亡。

白瀬隊は帰りの食料を考慮の上この日、南緯80度5分西経165度37分の地点に日章旗を掲げ、万歳三唱してこの地を「大和雪原」と命名し帰路につきました。
アムンゼンは英雄となり、スコットは悲劇の人となりましたが、白瀬の帰国後の運命は予想もしない過酷なものでした。

後援会の乱脈経理が判明し、その責めを一身に負わされ、その返済のために家財を売り払い、更に実写フィルムを携え日本各地、更には朝鮮や満州までも公演して回り、負債の返済に充てる生活が20年間続きました。
その後も不遇で失意の裡に昭和26年9月4日、次女の間借りしている部屋で「栄養失調による餓死」でその一生を終えました。

ときに「神々は渇く(アナトール・フランス)」とか、、これもその渇きを癒す為だったのでしょうか?



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