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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2010/4/19
給与所得 現物給与等で非課税とされるもの

鳩山総理も、ついに言い逃れのできない絶体絶命状態にもかかわらず、相変わらず他人事の様な顔をして、他人事の様な責任逃れの言辞に終始しています。
まさに日本の恥ここに極まるか。


給与所得 現物給与等で非課税とされるもの
永年勤続の役員や、使用人(以下役員等)の表彰にあたり、そこ記念として旅行・観劇等に招待し、または記念品を支給することにより役員等が受ける利益で、勤続年数や、社会通念に照らして相当と認められるもので、その表彰がおおむね勤続10年以上の者を対象としたもので、2回以上表彰を受ける者についてはおおむね5年以上の間隔を置いて行われるなどの条件を満たすもの。


詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

競争勝つための「将軍の術」-その4-

戦略はもともと軍事用語で 「軍全体の勝ち方のルール」または「集団全体の勝ち方のルール」 をその内容とするものです。
経営戦略はその応用になりますから、「全社的競争の勝ち方のルール」と言うことになります。4階建て組織までは、会社で「将軍の術」を担当するのは社長だけです。
業績不振の諸悪の根源は、社長が戦略と戦術の区別がつけられず、この2つを混同して実施しようとする事にあります。
戦略と戦術の区別がつけられるようになり、それを適切に経営の現場で実践できれば、利益が約5割アップするというケースもあります。
囲碁や将棋に「級」や「段」などのランクがあるように、「社長のウデ」にもランクがありますが、それこそ目に見えないので、ランクがつけ難く、つい競争相手の社長のウデを見そこなったり、買い被ったり、また自分のウデの磨き方を怠けてしまいがちになります。
社長として「将軍の術」の有段者を目指し、普段の精進を重ねれば、何時か花咲く時を迎える事が出来るでしょう。
四十の手習いと言いますが、六十の手習いもまた有りです。遅くはありません。
思い立ったが吉日と昔から言うではありませんか。
私も少し始めました。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

4月11日 マッカーサー元帥罷免
1951年(昭和26年)

1945年(昭和20)8月30日厚木飛行場に降り立ったマッカーサーは、9月2日、東京湾内の戦艦ミスーリ号上での日本の対連合国側に対する降伏文書の調印式に出席し、これをもって始まった日本の占領政策、行政の最高責任者として、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に依り、日本に君臨することとなりました。

韓国の李承晩大統領が竹島や、対馬を韓国領にしてくれなどと無法な非常識な要求を持ち出して米国の不興を買い、その要求を拒否する意味も込めて、1950年(昭和25)1月12日、「米国は、、、日本、沖縄、台湾、フィリッピン以西には責任を持てない、、」とする国務長官のアチソンの声明を発表しました。
これには朝鮮半島が入っていないと解釈した北朝鮮の金日成が、ソ連のスターリンの承諾を得て、同年6月25日、突如南朝鮮に進攻してきました。
朝鮮戦争の勃発です。

マッカーサー元帥は国連軍の総司令官として指揮をとり,半島南端に追いつめられ戦線を、仁川上陸作戦の成功などで盛り返すも,中共軍の参戦により38度線付近で膠着気味になった戦闘を打開すべく、北朝鮮への空爆や、さらには日本が一大工業地帯を築き上げていた中国東方地方(満州)からの物資の補給を断つべく、同地帯への空爆さらには原爆の使用までも視野に置いた作戦を構想していました。
しかし戦闘の長期化のヨーロッパの情勢への影響や、さらにソ連の動向にも不確定要因が多く、トルーマン大統領は停戦へと舵を切りました。

この日、トルーマン大統領はついに、「中華人民共和国を叩き潰す」との声明まで発表し、あくまでも自説に固執するマッカーサー元帥を罷免しました。
「マッカーサー元帥より偉い人がいたのか?!」と日本中が驚きました。

朝鮮戦争での経験によってか、「日本の先の戦争はその大部分が、安全保守を求めてのものであった。」と議会で証言しています。
朝鮮や、中国はもちろんですが、なぜか日本でもこの事はほとんど報道されていません。



2010/4/28 給与所得 現物給与等で非課税とされるもの

小沢幹事長「起訴相当」となる。
これで彼の命脈もつきるか。
ただあの傲慢無礼な性格からして居丈高に居座る可能性もありますが、民主党には迷惑な話でしょうから政界再編でしょうか。


給与所得 現物給与等で非課税とされるもの
残業や、宿直・日直をした人に支給する食事は非課税です。
また寄宿舎・寮などの電気・ガス・水道等の料金を負担する場合、それが通常必要な範囲内のものであり、かつ各人ごとに使用金額が明らかな場合はこれらの経済的な利益については課税されません。。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

ランチェスター第1法則

接近戦の法則、一騎打ちの法則といわれるものです。
この場合の攻撃力は、兵力数×武器性能(兵士の技量を含む)です。
代表的な武器は刀や槍です。

なかでも槍は、使用する鉄の量が刀より少なく、作り方も簡単で丈夫で、戦国時代の兵士の大部分(7〜8割)を占めていた農民が使いこなすのに要する訓練期間が刀より短くて済み、集団的使用に効果的(ひたすら前へつけばよく、横のスペースが刀より少なくて済む。
刀は左右にも振り回す必要があるので左右の味方との間隔が必要となる)な武器で、接近戦の主要武器でした。

甲軍100人と乙軍60が白兵戦的に戦闘すれば、武器性能が同じとすれば、乙軍が全滅してときには、甲軍も60人は倒されることになります。
勝っても負けても損害は同じぐらい出るということです。
戦国時代の合戦を見ても、鉄砲を使って織田信長が勝った「長篠の戦い」以外は,「川中島の戦い」や「山崎の戦い」なども戦死者の数はほぼ同数です。


(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)



今日はどんな日?

4月23日 露仏独の三国干渉始まる
1895年(明治28年)
列強の圧力により開国し、近代国家建設に踏出した明治日本の環境は、誠に厳しいものでした。
時は帝国主義真っ只中の、弱肉強食の世界でした。
その日本が、欧米列強も「眠れる獅子」とまだその底力を恐れていた清国との戦争に、わずか8カ月ほどで圧勝しました。

明治28年4月17日下関条約調印、同月20日明治天皇が広島の大本営で条約を批准し、条約は発効しました。
この条約交渉の過程で、その中に遼東半島の割譲が含まれていることを知ったロシアは、それを阻止すべく、列強諸国に働きかけましたが、英国、米国はロシアに同調せず、ドイツ・フランスのみが共同歩調をとることとなりました。

下関条約批准後のわずか3日後のこの日、露仏独3国は遼東半島の清国への返還勧告を行いました。
首相の伊藤博文は列強会議により3国を牽制しようとしましたが、外相の陸奥宗光は、会議はかえって各国の干渉を招くと考え、また米英は局外中立の立場をとったので、結局、勧告に従い遼東半島を返還し、賠償金を得ることとしました。

ロシアは翌1986年清国と秘密協定を結び,1898年には遼東半島南端の旅順・大連を租借することとし、シベリアから満州を経て遼東半島の旅順・大連に至る地域を支配する布石を置くことに成功しました。

日本の世論は、ロシアの干渉に激しく反発しましたが,政府は「臥薪嘗胆」をスローガンにしてその怒りを鎮め、ロシアとの戦争はいずれ避けられないと覚悟を決めて、「六六艦隊」の建造計画をはじめとする軍備増強を進めました。
そしてこの日から9年後の1904年(明治37)2月に、対露宣戦布告、近代世界史上の分水嶺ともいうべき「日露戦争」の火ぶたが、切って落とされました。

今の日本に、かかる国難のときにこれほどの覚悟と洞察力を持って、毅然として対することのできる政治家が見当たらないのが、何とも情けない限りです。
いでよ、伊藤博文、陸奥宗光。



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