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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
プロフィール
ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2010/7/19
給与所得 害賠償金

梅雨も開けて夏本番。
いきなり猛暑日の連続です。
体調管理に気をつけて、この夏も元気に爽やかに、と思っています。


給与所得 損害賠償金
使用者が、役員または使用人の行為に起因する損害賠償金を負担した場合、その損害賠償金の起因となった行為が、使用者の業務の遂行に関連するもので、かつ行為者の故意または重過失に基づかないものである場合は経済低利益はないものとし、給与所得とはなりません。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

優勢軍の戦略と劣勢軍の戦略
優勢軍(兵力数が多い)の将軍は、効果的な戦いをする。
1  間隔戦ができる射程距離の長い兵器を選ぶ。
] (間隔戦的商品を選ぶ)
2  間隔戦ができるような広い、見通しの良い場所を戦場とする。
(間隔戦的な販売地域を選ぶ)
3  相手と離れて戦う。接近戦。白兵戦を避ける。
(間隔戦的な売り方をする)

劣勢軍(兵力数が少ない)は、優勢軍の圧力を避けそらすような戦いをする。
1  一騎打ち戦ができるように射程距離の短い兵器を選ぶ。
(一騎打ち的商品を選ぶ)
2  谷や盆地・山岳地帯など障害物の多い場所で戦う。
(一騎打ち戦的販売地域を選ぶ)
3  できるだけ敵に近づいて戦う。
(一騎打ち戦的売り方をする)

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

7月18日 東條英機内閣総辞職
1944年(昭和19)

近衛首相の後継首相に東條英機が指名されたのは、@継続中の日米交渉が妥結し戦争が回避された場合、米英打倒を主張する陸軍を抑えられる、A交渉決裂し開戦となった場合、陸海軍の統帥の統一を図れる、B敗戦の場合の責任を彼と陸軍に負わせる、というのが定説あるいは真相ということになっています。
結果的に@は不要のこととなり、Aは最後までほとんど行われず、Bのみが現実となりました。

緒戦の勝利により、インド洋から、オーストラリア周辺を除く太平洋の大半をその勢力圏としましたが、ミドウェイ海戦での敗北でその勢いをそがれ、また海軍との統帥の一本化が出来ず、海軍の作戦に引きずられるようにガダルカナル、ニュ―ギニアと戦線を拡大し兵力を分散していきました。
信じられない話ですが、ミドウェイ海戦の敗北を東條首相ら陸軍首脳部が終戦の時まで知らされていなかった様です。
私もつい1年ほど前にある本で知りました。

この例に限らず、統帥部は「戦時統帥権独立」を盾に陸海軍の情報交換はもとより戦局情報の報告すら怠り、渋り、情勢判断に苦慮した東條首相は、1944年(昭和19)2月17・18日の米軍機攻撃による中部太平洋の重要拠点、トラック島基地の壊滅を知り、ついに慣例を破り、参謀総長を兼務し作戦の直接指揮を執ることとしました。

しかしなおも海軍との連携は思うに任せず、海軍連合艦隊司令部の指揮のもとに、同年6月15日から始まった米軍のサイパン島上陸作戦を支援する米空母機動部隊の撃滅を目的として、6月19・20日に戦われたマリアナ沖海戦に大敗北を喫し、米軍上陸も阻止できず、7月9日、同島守備隊約3万人は玉砕し、絶対国防圏の一角が崩れ、B29による日本本土空襲の拠点を与えてしまいました。
此のサイパンの戦いも海軍艦隊司令部が指揮し、司令長官の南雲忠一中将は自決しました。

悪化する戦局の中、東條内閣倒閣運動が閣僚を含む重臣らの間で進み、それに内閣改造で対抗せんとし、昭和天皇へも直訴しましたが、ついに万策尽きてこの日内閣総辞職しました。
しかし反東條で固められた後継の小磯国昭内閣と統帥部は何ら有効な方策を打ち出せず、無謀な特攻作戦と国家総動員体制の一層の推進を強行し、マスコミも1億玉砕、本土決戦を本格的に主張するようになり東條政権下より一層、戦局も世相も悪化して行きました。
終戦の1年と1月前でした。



2010/7/31 夏祭り協賛金

民主党も主義主張・政策はともかく、党内の権力抗争や政治的手法は、自民党と大して変りはしないという気がします。これを日本人の民族性というのでしょうか。
それは、ロシア人の、中国人の民族性が共産主義・資本主義とは関係なく変わらないのと同様です。


夏祭り協賛金
通常は事業に関係のないものに対する経済的利益の供与になるので、寄付金とされます。
社名入りの提灯が会場につるされたり、協賛企業としてアナウンスされたりなどの宣伝効果が期待できるようなものは、広告宣伝費と認められます。取引先の獲得や供応などにあたる場合は、交際費とされます。
要は個々の実態に応じてということになります。


詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

社長の仕事と時間戦略

1 従業員が100人以下の会社では、社長の実力で90〜95%の業績が決まります。

従業員が30人以下の会社では98%以上が決まります。日本の企業の95%はこの規模です。

2 そこで社長の最重要課題は、時間配分にあります。

3 その為にはまず配分すべき時間を多くする必要があります。長時間の勤務、勉強が必要になります。

4 そのうえで、対内的な仕事、対外的な仕事、勉強研究的な仕事の時間配分を考えます。

5 そのさい、自分の適性を見極めることが大事になります。
得意な事や分野、不得手な事や分野をはっきりさせます。

6 また将来目的と長期・短期の目標を定め、それと上記4,5を関連付けて時間配分します。

7 一朝一夕には行きませんが、やるしかありません。

特にこの長き低迷時代を生き延びるには。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

7月26日 ポツダム宣言発表
1945年(昭和20)
1945年2月、クリミヤ半島のヤルタで、米国のルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン首相の3者が会談し、ドイツ降伏後の欧州の戦後処理と対日対策、国際連合の設立などが決められました。

此の時ソ連は、日ソ中立条約の有効期限が翌年の4月であるにもかかわらず、日本領土の南樺太と千島列島の獲得を条件に、ドイツ降伏の90日後に対日参戦することに合意しました。(ヤルタ会談)

同年5月8日ドイツが無条件降伏した後、ベルリン郊外のポツダムに米英ソ3カ国の代表が集まり対日戦争終結に関して協議し、その結果を共同宣言としてこの日発表しました。
当時ソ連は日本に対して公式的には中立の立場でしたので宣言には加わりませんでしたが、発表にあたって米英は、このままでは白人が有色人種の代表たる日本を打倒する形になるので、人種差別の汚名を後々蒙る恐れがあるとして、急遽中華民国の蒋介石に無線連絡して、共同宣言に加わるように要請し、その承認を得てトルーマン米国大統領(ルーズベルトは4月12日死去)が代理署名しました。
またチャーチルも会談中に総選挙で敗れ帰国し、後任のアトリーも選挙後の組閣その他に多忙を極めていたので、此の署名もトルーマンがしました。

此の宣言に朝日新聞、読売新聞、毎日新聞等は「政府は黙殺」「「笑止、対日降伏条件」「聖戦完遂」などと報道し、特に「政府は黙殺」報道が「拒否」と翻訳されてして連合国側に伝わりました。

全日本軍の無条件降服など13カ条からなる条文に、天皇制維持の明言がなくその受諾の可否について重臣たちの意見が分かれて纏らず、時間を空費するうちに、広島、長崎の原爆投下、ソ連の参戦等が続き、ついに「御聖断」をもって宣言受諾し、8月15日終戦(停戦)となりました。
しかし、ソ連はその後も樺太、千島列島と進撃を続け占領し、所謂「北方4島」は歴史的、条約的に見て千島列島には含まれていないにもかかわらず、その領有の正当化を今に至るも続けています。



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