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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2010/8/20
給与所得 ゴルフクラブ入会金

またまた出ました、自虐的首相談話。
17年前の1995年8月15日、当時の社会党党首で総理大臣の村山富市が村山談話なるものを発表しましたが、性懲りもなくまたかといた感じです。
官房長官の仙谷由人といい、総理大臣の菅直人といい、どうしてこんなに歴史に無知なのでしょうか。
聞く人も教えてくれる人もいないのでしょうか。(敬称略)


給与所得 ゴルフクラブ入会金
法人会員として入会しても、特定の役員、使用人が専ら法人の業務に関係なく利用するものは、これらの者の給与とされます。役員、使用人が個人会員として入会しても、法人会員制度がないために個人会員として入会し、その入会が業務の遂行上必要と認められ、その入会金を資産計上しているときは給与とはされません。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者と弱者の区分
戦場における戦力は、

1 戦場に既に存在している戦力
2 本国から補給される戦力

の合計であり、1の戦力は戦闘により消耗し、2の補給なければ減るのみです。大東亜戦争での日本軍は、開戦当初の1では米軍と遜色なく、むしろ勝っていました。
しかし2は圧倒的な工業力の差により徐々に圧倒されて行き、最後は打ちのめされてしましました。

経営における戦力の長期的な補給力は、利益です。
戦争における補給力の源泉は工業力でしたが、利益の源泉は市場占有率ということになります。
それにより、強者と弱者が区別されていくことになります。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

8月20日 真岡郵便局電話交換手9人自決
1945年(昭和20)

1945年(昭和20)8月9日、ソ連は米英とのヤルタ会談での合意に基づき、同年5月8日ドイツが無条件降伏した90日後の8月9日、翌年4月まで有効な日ソ中立条約を破り、突如対日宣戦布告し、満州、南樺太、千島列島になだれ込んできました。
不意打ちを食らった形なった日本軍は、防戦的戦闘に終始し、またあえて宣戦布告しませんでした。

8月15日のポツダム宣言受諾による終戦(停戦)後も、ソ連は南樺太、千島列島の進撃を続け占領地域を広げて行きました。
この日の午前6時頃、真岡港に現れたソ連軍の軍艦による艦砲射撃により上陸作戦が開始されました。
真岡港は本土への引き揚げの乗船地とされており、当日も約15000人の引き揚げ予定者で溢れており、日本軍の迎撃は困難を極めました。

真岡郵便局は終戦後も志願者により電話交換業務を続けていましたが、迫りくるソ連兵の前に逃げ場を失い、9名の女子電話交換手が青酸カリなどで自決しました。
「みなさんこれが最後です。さようなら、、さようなら、、、。」の言葉を残して。

ソ連軍の進撃は9月2日の降服文書の調印の日の翌日まで続き、トルーマン米大統領の北海道への進撃は認めないとの警告により、ようやく止みました。
此の進撃、占領作戦で捕虜となった日本兵はシベリヤ送りとなり、北方4島は今に至るも不法に占領されたままになっています。

此の事件を題材にして映画「氷雪の門」が1974(昭和49)製作されましたが、全国公開の直前になって、ソ連の不当な強い抗議に屈し、全く情けない限りですが、北海道と九州での2週間ほどの公開となり、ほとんど日の目を見ることができませんでした。
今年ようやく順次全国公開ということになり、東京の「シアターN渋谷」などで公開されています。



2010/8/31 給与所得 宿直料・日直料

全くこの夏はどうかしている。8月も20日を過ぎると、朝夕は涼しい風が吹くものですが、1日中一晩中高温が続いています。しかし、夏のお化けじゃあるまいし、出ると言ったり、出ないと言ったり、ハッキリしろっ、小沢! (敬称略)


給与所得 宿直料・日直料
宿直料・日直料は本来は経済的利益として給与に該当しますが、その勤務一回につき支給する金額が4000円までの部分については課税されません。
食事を支給する場合は4000円から食事代を控除した金額が非課税となります。


詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

市場占有率から見た強者と弱者の区分

強者の最低条件

@自分の会社が1位である
A 26%以上の市場占有率を確保している
B2位との間に10対6の差をつけていること

A社とB社というような特定の2社で競争という事はあまりありません
多数の会社が入り乱れて競争している状況が一般的で、確率的競争をすることになります。

26%の市場占有率というのは市場の約3分の1を押さえることで市場支配力が強くなります。
しかし上記のうち一つでも条件を満たさなくなると強者ではなくなります。
2005年のデータですがコンビニ業界がこのタイプで、セブンイレブンが1位(占有率32%)、2位がローソン(占有率17.6%)で、1,2位の割合が10対5.5になっています。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

8月29日 韓国併合条約公布・発効
1910年(明治43)
日清戦争(1894-1895)、日露戦争( 1904-1905)の勝利により、ようやく朝鮮半島の支配権を獲得した日本の本来の目的は、地政学的に日本にとり死活的に重要な朝鮮半島の安定と独立でした。

しかし「朝鮮の王室と政府は無能で腐敗しきっており、、、また人民は愚昧(ぐまい=おろか、馬鹿)で、、、国家独立の資格はない、、。」という有様で、「、、進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければロシアの植民地にされるだろう。」(米人で朝鮮外交顧問スチーブンス)というのが列強・諸外国の一致した見方でした。
日本はこのような状況に中で第1次から3次までの日韓協約を締結し、韓国を保護国化するとともに近代化を推し進めました。

当初日本側は韓国の早期併合には慎重でしたが、1909年10月26日、伊藤博文が暗殺されるという大事件が勃発し、日朝で一気に併合論が高まり、特に朝鮮側では一進会が中心となり併合を推進しました。

1910年8月22日、韓国併合条約が漢城(現:ソウル特別市)で寺内正毅統監と御前会議で条約締結の全権委員に任命された李完用首相により調印され、この日に裁可公布により発効し、大日本帝国は大韓帝国を併合しました。
これは当時の国際法に則した完全に合法的な国際条約で、南北朝鮮以外の世界中の国が、今でもその合法性を認めています。

朝鮮人民の80〜90%は「これで4等国民から1等国民になれる。」と、大歓迎しました。
仙石官房長官は去る8月4日これに関連して「朝鮮の言葉を奪い、、土地を奪い、、、」と、無知をさらけ出すような自虐的会見を行いました。

言葉についていえば、李朝時代の朝鮮では漢文が、貴族、官僚、知識人階級の公用語で、ハングルはこれら特権階級の反対で使われていませんでした。
「厠文字」(女子供が厠(かわや=便所)でこっそり読み書きする言葉)と蔑まれていたハングルを再発見し、「漢字ハングル混交文」を考案したのは福沢諭吉です。
いわば日本が、特権階級によって奪われていた言葉(ハングル)を取り戻して学校教育に導入し、朝鮮人民に与えてやったのです。

土地についても、土地台帳を整備し、所有権を確立し、その過程で所有関係が不明なものを国有地としましたが、それも5〜6%位で、それは今では韓国の国有地となっています。
なにしろ土地は奪って持ち運びできる代物ではありませんから。

荒れ果てた朝鮮を台湾同様に日本内地並みにするのが統治方針で、治山・治水、鉄道、工業、教育等に、現在の貨幣価値にして60兆円の資金が、全て日本国民の負担でつぎ込まれました。
朝鮮からは税金は一切徴収していません。

愚昧ならざる賢明なる朝鮮人民は、此の明らかな事実(死んでも認めたくない様ですが)を前にすれば、この日を、「日本感謝デー」にすべきだと思いますが皆さんは如何ですか。


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