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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
プロフィール
ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2010/10/17
給与所得 定期保険の保険料

ようやく涼しくなってきました。
日本経済も、日本の国防も、日本の教育も、日本の歴史も文化も、日本のすべてが、一段と涼しくなりつつあるような気がします。
三島由紀夫が自決する前に言っていました。
「、、、このままでは、日本という国が、民族が、捉えどころのないクラゲのような無色透明の存在になってしまう、、、。!」
三島はそんなものなんか見たくなかったから、、、。


給与所得 定期保険の保険料
使用者が、自己を契約者、役員・使用人(使用人等)を被保険者とする定期保険に加入して使用者が払った保険料は、保険金の受取方により使用人等の経済的利益の有無を判定します。
@死亡保険金の受取人が使用者―経済的利益なし。
A死亡保険金の受取人が被保険者の遺族―経済手利益なし。
ただし特定の使用人等のみを被保険者としている場合は、経済手利益となり使用人等に対する給与等となります。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

社長の人を見る目の付けどころ

人は社長の立場で経営に必要なマンパワー言う観点から見て、大雑把に三種類に分類できます。

@ 教えても、やって見せても、要求水準、必要水準に達しない人。
A 教えれば、やって見せれば分かる、出来る人。しかし、それしかしない、出来ない人。
B 教えれば、言われれば、それ以上にやる人、疑問を持って積極的に、向上心を持って出来るようになる人。

社長はこの違いをわきまえて、人(社員あるいは外部関係者)に接し、指導・教育あるいは交際をする必要があります。
また、人の能力は変えられますが、性格は少なくとも10年位では、変えられないと思ったほうがいいと思います。
短期的には、人の能力や性格を指導・教育で変えることより、現状でその人が出来ることを見極め、何をその人に期待できるか、を重視したほうがいいと思います。

長期的には勿論、指導・教育は必要ですが、@のレベルの人はその甲斐がないかもしれません。それもまた社長の「人を見る目」ということになります。


今日はどんな日?

10月8日 中華人民共和国帝国の崩壊
2040年(平成52)

1935年のノーベル平和賞はドイツの反戦運動家でジャーナリスト、カール・フォノ・シエツキーに授与されました。
これにはナチズム批判の明確な意図があったため、ナチスドイツはこれに強く反発し、これ以後ドイツ人がノーベル賞を受けるのを禁じました。
シエツキーは拘留中に結核で獄死。
ナチスドイツは1945年5月に連合軍に無条件降伏し崩壊しました。

1975年のノーベル平和賞はソ、連の物理学者で「ソ連水爆の父」と言われたサハロフ博士に、その人道主義、市民的自由とソ連の体制改革を求める運動、言論活動に対して授与されました。
その後ソ連は、1989年のベルリンの壁崩壊の2年後の1991年に崩壊。
15の共和国(実態は植民地)が独立し、ソ連はロシアと国名を旧に戻しました。

1989年、長年にわたり世界を遍歴しながら、チベットの中国からの完全自治の獲得と民主化運動を訴え続けるけるダライ・ラマ14世に対して、ノーベル平和賞授与。
チャイナ(支那)これに激しく反発し、今に至るもその言動を監視しています。

そして今年2010年10月8日、チャイナ(支那)の民主化運動のリーダーの劉暁波氏(「国家政権転覆扇動罪」で服役中)にノーベル平和賞授与。
平和賞を授与しないように露骨な、破廉恥な圧力をかけ続けた甲斐もなく、その腹癒せにチャイナ(支那)共産党政府は、ゴロツキまがいの凶暴な、下品な言動を撒き散らして、世界中の顰蹙を買っています。

ナチスドイツとソ連の崩壊の有様を見ますと、ノーベル平和賞の受賞と独裁国家崩壊の関連が見えるような気がします。
国内の改革運動家、民主化運動家のノーベル平和賞の受賞から、ナチスドイツは対外戦争の敗戦で10年、ソ連は内部的な矛盾の爆発により、15年で崩壊しています。
此の伝でいきますと、早くて10年、普通に行って15年、余裕を見て20年、遅くとも30年後のこの日、チャイナ(支那)共産党独裁国家(中華人民共和国)は内部的な矛盾、特に農村対都市の経済格差による対立・抗争を契機として崩壊するでしょう。
チベット、ウイグル等の自治区は独立し、支那本国も少なくとも3、4カ国に分裂するでしょう。
台湾も大手を振って独立宣言できます。
その日まで生きて、その様を見てみたいものです。



2010/10/31 給与所得 ゴルフクラブの年会費等

ラ・ロシュフコーが400年以上前に言った上記の言葉の、後半部が全く存在していないのに、あたかも存在しているかのように錯覚し、あるいは思いこみ、あるいは希望するだけで、「ただでは済まさない手段と決意」を持とうとせず、ひたすら善良であり続けて居るのが今の日本です。
これでいいのか!

ゴルフクラブの年会費等
使用者が、ゴルフクラブの年会費その他の年決め費用を負担している場合は、
@入会金が法人の資産として計上されている場合は役員等(使用人を含む)が受ける経済的利益なし
A入会金が個人名義の場合はその役員等の給与等とされます。
Bプレイ代等はその役員等の給与等とされますが、業務上の必要性がある場合は経済的利益はなし。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

市場占有率の計算方法と番外弱者

強者の最低条件は、市場占有率は26.1%で、2位との間に10対6の差をつける事でした。
ここから10対6の比率で市場占有率を計算しランク付けをすると、自分の会社の市場における位置、あるいは目標市場占有率を知ることができます。

強者の最低条件26.1 中間者A=26.1×0.6=15.7以上  中間者B=15.7×0.6=9.4以上
弱者A=9.4×0.6=5.6以上  弱者B=5.6×0.6=3.4  弱者C=3.4×0.6=2.0  番外=2.0未満

1位の会社の市場占有率の大よそ10分の1以下の場合は、その生存自体が危なくなります。
たとえばビールの出荷量はアサヒ48.2、キリン31.5、サッポロ13.7、サントリー5.7、オリオン0.9(%、2003年)で、オリオンは番外弱者で本来であれば倒産か、他社との合併で生き延びるかしかないはずですが、沖縄という地理的条件か、経済的な優遇策によるものと思われます。
昔は、サントリーが番外弱者で倒産するはずでしたが、本業の洋酒部門からのテコ入れで生き延びてきました。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

10月22日 伊藤博文狙撃され死亡
1909年(明治42)
日露戦争も辛うじて日本の勝利に終わり、朝鮮半島から支那東北部が日本の勢力圏となり、ようやく日本はロシアの虎口から逃れることができました。
朝鮮は清国の属国たることから逃れ、ロシアの植民地たらん脅威から解放されましたが、それを多大の血を流して成し遂げた日本に対する感謝の念は薄く、清国には服従し、ロシアにはその庇護の下に在らんとしたにもかかわらず、身の程も弁えず、日本には対等たらんとする態度でした。

列強・諸外国は、朝鮮が日本の保護国たることを認め、当該地域の日本の支配による安定を望んでいました。
1905年朝鮮統監府を置き初代統監に就任した伊藤博文は、内外の盛り上がる朝鮮併合論には反対で、保護国として統治しその国力の増進を図るべきと考えていました。

しかし、その伊藤の気も知らず、101年前のこの日、安重根はハルピン駅頭の群衆に紛れこみ伊藤を拳銃で狙撃し、その30分後伊藤は死亡しました。
その翌年韓国併合が国際法に則して調印公布され、世界各国に承認されました。
その後日本は現在の貨幣価値で約60兆円の巨費を全額日本の税金で賄い、朝鮮半島につぎ込みその近代化を図りましたが、これにも朝鮮人民は一顧だにせず、反対に悪意に満ちた評価が溢れています。

去る10月12日、ソウルで日韓親善サッカーが行われましたが、その会場に安重痕の巨大な肖像画が打ち振られ、「歴史を忘れた民族に未来はない」という横断幕もありました。
歴史を忘れた日本民族と言いたいのでしょうが、真の歴史を忘れ、2千年にわたりチャイナ(支那)に支配され続け痛めつけられてきた、自分たちに惨めな屈辱的な歴史を棚に上げ、チャイナ(支那)にはほとんど非難も謝罪要求もせず、日清・日露戦争から韓国併合、併合時代の35年間のみをことさら粉飾し、改竄し、自らを美化し、日本を貶めて憂さ晴らしをしているのは朝鮮人のほうです。

日本にも幕末から明治の不平等条約時代、終戦後のアメリカ占領時代の屈辱的な歴史はありますが、それを朝鮮人の様に粉飾したり、改竄したりはしていません。
ましてや他国の性になどしていません。
「歴史を忘れた朝鮮民族に未来はない。」と、朝鮮人自身が気が付く日は来るのでしょうか。


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