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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2011/1/15
雑損控除

平成23年も明けました。
もうこの頃になると正月気分はほとんど無し。また1年頑張るのみ。「皇国の興廃この一戦に在り、各人一層奮励努力せよ。」。
日本海海戦(日露戦争)の劈頭、旗艦三笠に翻ったZ旗を思いつつ。


雑損控除
災害・盗難等により「生活に通常必要な資産―家屋・家財など」の被害を受けた場合は。確定申告で損失金額の一定金額を控除できる「雑損控除」の制度があります。
「生活に通常必要な資産」とは認められない資産が災害・盗難等により被害を受けた場合でも、その年または翌年の譲渡所得から損失額を控除できます。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

なぜ中小企業では市場占有率が低いのか(4)

4 生業・家業の宿命!?
大部分の会社は中小企業、零細企業です。
会社と名ばかり、昔であれば「、、、屋」で仕事をしていたのが、税金対策で会社にはしたけれど、と言うのが実態と言うのが多いと思います。
そういう環境で育ち仕事をしていれば、惰性に流れ、「井の中の蛙」に成らざるを得ません。
それで生業・家業を守れれば、それも一つの生き方です。

強者の会社で仕事をした経験がある人は、市場占有率の持つ意味を実感できます。
それは例えば、経済力に政治力と軍事力を兼ね備えた国(たとえばアメリカ、中国)の外交と経済政策(国内的、対外的を問わず)は、経済力はあっても、政治力と軍事力を欠く国(たとえば日本)のそれと、雲泥の差があるという事です。

広い、弱肉強食の世界を見て、仕方がないとあきらめるか、一寸の虫にも五分の魂と、意地を見せるか。
見せるにしても何処(どこ)で、何を、どう見せるか、その意地の張り方、見せ方が問題です。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

1月14日 尖閣諸島日本国領土編入
1895年(明治28)

15世紀のコロンブスらの大航海時代以来の国際法において、新発見(ヨーロッパ人にとってですが)の陸地・島嶼については、最初に発見した国が、自分の所有する領土であると宣言することが、自国領とする必要十分条件でした。

その手法でスペイン、ポルトガル、さらにはイギリス、フランス等のヨーロッパ列強は、大はアフリカ大陸、南北アメリカタ大陸、豪州から、小は太平洋、大西洋、インド洋の島々まで、ある時はキリスト教の宣教を手段とし、またある時は武力をもって強引に、自国の領土としました。
いわば早い者勝ち、強いもの勝ちという事です。

遅れて、いやいやながら強引に、その弱肉強食の世界に引きずり込まれた日本は、これも天命、避けられぬ生き方と覚悟を決め、渾身の努力を持って欧米列強の文化、科学技術、軍事、法律を学び、その甲斐もあって、多大の犠牲を払いながらも、幸いにも、日清・日露の両戦役を勝ち抜くことが出来ました。

日清戦争終盤のこの日、日本は尖閣諸島について、その領有を宣言・主張する者がいないことを確認した後、国際法に則ってその日本領土編入を閣議決定し、内外に公布しました。
其れに対して清国をはじめ諸外国からは何らの異議申し立てはありませんでした。

1969年(昭和44)、国連による海洋調査で、尖閣諸島周辺に大規模な海底油田の可能性が指摘されるや、その半年もしないうちに、にわかに台湾、さらに中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めました。
朝鮮人もそうですが、支那(中国)人も、負けず劣らず恥知らずで強欲なようです。
此の恥知らずな強欲な隣人との付き合いに必要なのは、友愛ではなく、毅然とした力のみ、という気がします。



2011/1/31 純金積立で貯めた金地金の売却

1月経ちました。
北アフリカの幾つかの長期独裁国家がキナ臭くなってきました。
デモはできるようですから、北朝鮮や中国とは違うようです。
両国の支配階層は、「明日はわが身」と、震えながら眠るのでしょうか、、。


純金積立で貯めた金地金の売却
「純金積立」で貯めた金地金の売却の場合に、発生する売却益の計算方式と課税関係は次のようになります。
売却益=売却額−(取得価額+売却費用)、取得価額は総平均法で計算し、所有期間は先に取得した物から先に売却するという先入先出法で判定します。
所得計算は所有期間5年超の場合は(売却益−特別控除50万円)×1/2、同5年以内の場合は(売却益−特別控除50万円)となり前者が得です。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者の戦略に学ぶ 強者の戦略の特徴

ランチェスター第2法則(確率戦闘の法則=強者の法則)
攻撃力=兵力数の2乗×武器性能

A軍(100人)とB軍(60人)が射程の長いライフル銃で、お互いに離れた横一列に並んで撃ち合い、B軍が全滅するまで戦えば、A軍の生き残りは、
√100の2乗-60の2乗=√6400=80
20人が戦死し80人が残る。

この法則を経営に応用すると、強者の戦略となり、次の様な特徴があります。

1 市場規模の大きい大衆相手の商品を重視する
全国的に手軽に運べ、規格化されて、使用頻度の高い、不特定多数を相手にした、大衆相手の消費財で、大量生産でき、市場規模の大きな、単価の安い生活必需品で、例えば、洗剤、スナック菓子、インスタントラーメンのような商品。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

1月29日 アラビア湾で日本初の自主開発油田発見
1960年(昭和35)
日本は、昭和25年6月に勃発した朝鮮戦争の「特需」により、ようやく復興の足懸かりを得、またこの朝鮮戦争で、極東アジアの安定と発展に日本の存在が不可欠との認識が、欧米諸国に広がり、翌26年9月サンフランシスコ講和条約が調印され、翌27年4月の対日講和条約の発効により独立国となりました。

その翌年から日本の驚異的な経済成長が始まりました。
GNP(国民総生産)の伸び率は、1953-1958年(昭和28-33)7.8%、1958-1962年(昭和33-37)17.5%の高率となり、その大きな源動力は、鉄鋼、石油精製、自動車、合成繊維、電気関連産業等における技術革新でした。
そして、その革新の為の設備投資が劇的に増加し、「投資が投資を呼ぶ」といわれる設備投資主導型の経済成長が日本中を席巻し、世界を瞠目せしめました。

時を同じくするようにアフリカ、中近東で新しい油田の発見が相次ぎ、石炭から安価な石油へのエネルギー革命が沸き起こり、原油の安定的輸入、さらには自主開発油田の必要性が叫ばれ始めました。

1957年(昭和32)サウジアラビア、クウェートから海底油田の開発利権を獲得した山下太郎(明治22年秋田県横手市生まれ)は、翌年アラビア石油を創立し資金を集め、装備を整え、翌昭和34年7月から試掘を始め、そのわずか13日後に油層を発見、翌年のこの日、その油層の下に世界屈指の大油田(カフジ油田と命名)があることが確認されました。
一本目で、しかも斯くも短期間で、試掘に成功する事は奇跡的なことでした。
産出量は当時の日本の石油消費量の1割、輸入原油量の25%に匹敵し、資源小国日本のエネルギー安定供給に大いに貢献しました。

此の一報に日本中が沸きたち、これまで散々「山師、、ホラ吹き太郎、、」と冷笑されていた山下太郎は、一躍「アラビア太郎」と世の称賛の的となりました。
戦前は満州鉄道がらみの事業で成功し、中国から朝鮮にまで事業を広げ、「満州太郎」と呼ばれていた山下は、敗戦で莫大な海外資産(終戦時の金額で約37億円)を全て失いました。
しかし、それに屈することなく、信念を持って偉業に挑み、見事に成功しました。
若き日に学んだ札幌農学校で胸に刻んだ、「少年よ、大志を抱け!」を、苦難の時も、何時も口ずさんでいたという事です。


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