公認会計士・津城俊幸のブログ ヘッダー2
津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2011/4/15
被災者への自社製品の寄付

対策会議ばかり多く、政治主導という名の無責任な命令を頻発する、菅内閣の大震災に対する指揮ぶりと、沖縄戦に無用の口出しを繰り返し、現地軍を悩ました本営がダブって見えます。


被災者への自社製品の寄付
法人が自社製品を無償で提供した場合、その費用の額は通常は寄付金とされますが、不特定多数の被災者を救援するために緊急に行う自社製品等の提供に要する費用の額は、寄付金に該当しないとされています(法基通9-4-6の4)。
特定のごく限られたもののみを対象とする利益供与を目的としたものを除き、全額損金算入できます。
物品だけでなく無償の役務の提供(通信業務)等についても同様です。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(5)
強者は広域市場を目指す

戦争で敵よりも多数の兵力を擁する優勢軍の指揮官は、その圧倒的な兵力と火力をフルに活用すべく、見通しの良い広い戦場で一気に雌雄を決しようとします。

経営でも大企業は、東京だけではなく、関東一円、東日本全体、更には日本全体とその営業地域を広げ、隙間なく支店、営業所を配置します。更には北海道担当の子会社等の地域統括子会社を各拠点都市に作り、傘下の支店営業所の管理監督を密にし、さらにきめ細かい営業を行う。

「まんべんなく」「くまなく」「隙間なく」広域営業地域をカバーする。という事になりますい。
トヨタ自動車、パナソニックなどがその例ですが。
弱者は決してこの真似をしない様に、「隙間探し」「穴場探し」「裏道探し」に徹する。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

4月1日 沖縄決戦始まる
1945年(昭和20)

フィリピンを奪還した米軍は、台湾を牽制しながら沖縄攻略を目指し、3月23日から沖縄攻撃を開始しました
攻める米軍おおよそ60万人、迎え撃つ日本軍は学徒兵も含めて12万人ほど。
この日の早朝、日本軍の守備の薄い中西部に、陸軍、海兵隊が上陸を開始しました。
日本軍は硫黄島の戦いに倣い、水際作戦を取らなかったので、米軍は5日までに反対側の東海岸まで、沖縄本島を南北に分断するように中央部を占領しました。

日本は宜野湾の南部に主力を置き、徹底的持久作戦を沖縄戦の基本方針とし、北部は1個大隊程度しか配置していなかったので、米軍に22日までに制圧されました。
徹底的持久作戦とは「敵の工業製品(爆弾)対我が土壌(地下陣地)の戦い」、1トン爆弾、40センチ砲弾を地下陣地により無力化し、寄せ来る敵を接近戦、肉弾戦で薙ぎ倒す作戦です。
このゲリラ的作戦に米軍は攻めあぐね損害を重ね、一方日本軍は食料、弾薬は十分に備蓄してありましたので、この作戦を徹底すれば勝てると意気軒高でした。

しかし、この優勢なる状況を奇貨とし、当初作戦を無視した大本営の、地上戦に打って出て、北、中飛行場を航空隊(特攻隊)の為に確保せよとの訓令が度々あり、現地軍も、「今なら勝てるかもしれない」と、5月4日、地下陣地から出撃したのが運のつきでした。
米軍の待ってましとばかりの圧倒的な爆撃、砲撃の下に、日本軍兵士は枯葉のように吹き飛ばされていきました。
6月23日司令長官牛島満中将自決、6月25日組織的戦闘止む。

沖縄戦で勝利し、米軍を撃退出来れば、「日本軍恐るべし」の声高まり、秘かに交渉中だった講和、停戦も有利に運び、無条件降服などという事もなかった可能性があります。
さすれば戦後の日本は変わっていたでしょう。

「乾坤一擲」の決戦に、「長蛇を逸っした」つけは、限りなし。
其れは、昭和天皇や日本軍に対する、謂われなき、見当違いの非難となって、今に続いています。
沖縄の人々が、「われら斯く戦えり!」と、誇りを以って言える日は、何時になるのでしょうか?因みに、第2次世界大戦の名将10人の中に、日本から2名選ばれていますが、1人は硫黄島の栗林忠道中将、もう1人はこの沖縄戦の牛島満中将です。



2011/4/30 防災用品の購入費用

ともあれ4月も終わりますが、大震災は夢であれかしと思いたくなりますが、その爪痕をテレビを見て、スーパー、コンビニに入っても照明控え目なのを見れば、夢ならぬ現実を思い知らされます。


防災用品の購入費用
防災用品や、非常用食料品は、実際に使用したときでなく、謂購入し会社に備蓄した時の損金とすることが出来ます。
通常は、事業の用に供した時(実際に使用した時)の損金算入というのが、税法の基本的な考え方ですが、これらは万一の時の準備として購入するものであるので、購入してときが事業の用に供してときと見ることが出来るというのがその理由です。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(6)
強者は販売ルートを多様化する

優勢軍が劣勢軍を攻撃するときは、近くからは歩兵や戦車、離れた所からは大砲や、場合によっては空爆という手もあります。
この様に、幾つかの攻撃手段を組み合わせて作戦を立ててきます。

経営に置き換えると、これは「複数の販売ルート」を構築し利用するという事になります。
日用雑貨品ならスーパー向けのルートを中心にコンビニエンスルート、金物屋、ドラッグストアルートなどです。

さらに販売の網の目を漏れなくするたに、商品よっては工場や学校、美容院や床屋ルートなど、「ちりも積もれば山となる」ような販売ルートを開拓する。

ライバルに付け込まれない様に、まんべんなく漏れの無い様に、常に新しい販売ルートのがないか、気をつける。

いま中国が盛んに、国際的な同盟関係づくりをやっていますが、これもある意味ライバル・アメリカの向こうを張って自国の主張を売り込むための、新しい販路づくりをしているとも言えます。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

4月18日 山本五十六大将ブーゲンビル島にて戦死
1943年(昭和18)
1941年(昭和16)12月8日、真珠湾攻撃により始まった大東亜戦争(太平洋戦争)は、その攻撃開始が、駐米大使館員の不手際で、戦線布告の送達の1時間前だったことから、騙し討ちだとして、「リメンバーパールハーバー」を合言葉に一気に反日感情が盛り上がり、又その約半年後のミドウェイ海戦の敗北などもあり、短期決戦、早期和平の思惑が外れ、長期化していきました。

山本大将は真珠湾攻撃の時も、ミッドウェイ海戦の時も、なぜか前線の指揮を南雲忠一中将に託し、自らは内地あるいは後方で戦果を待つという、海軍提督らしからぬ対処をしています。

結果、南雲忠一中将の判断ミスと思われる指揮により、真珠湾攻撃では第3次攻撃(港湾設備、ガソリンタンクの破壊)を見送り、後に禍根を残し、ミドウェイ海戦の時には、攻撃隊の爆弾の転装に時間を空費し、空母4隻を失うという失態を演じています。

1943年(昭和18)4月、ガダルカナルや、ニューギニア、ソロモン群島に侵攻してきた米軍を撃退するための、艦載機と基地航空機による、「い号作戦」の時は、その汚名挽回という事なのでしょうか、ラバウルに出向き、直接指揮をとっています。
戦果のほどは捗捗しくなく、相打ちといったところでしょうか。
然しその持てる戦力の絶対量を分母とし、損害を分子とすれば、日本の負けでしょう。
其れはその後の戦局の推移をみれば明らかです。

しかし司令部は、所期の戦果をあげたとし、この日前線視察と激励の為に、ラバウルから9機の護衛ゼロ戦と共に一式陸攻で飛び立ち、ブーゲンビル島上空にさしかかった時、暗号文を解読し待ち伏せしていた、米軍のロッキードP38ライトニング(双胴の悪魔)16機に襲撃され、乗機は墜落、翌日死亡しているのが発見されました。

「陸軍悪玉、海軍善玉」論もあり、名将の名を欲しい儘にしてきた山本大将の、功罪半ばする評価の中で、その存在、力量は太平洋戦争の中で決定的な要素の1つだった事は確かですが、彼はその本領を発揮したとは言い難い、あるいは発揮しようとしなかった、と評価する人が増えつつあるような気がします。


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