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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2011/6/16
貸し倒れに関する消費税額の控除

夏本番まで後わずか。
当事務所の今夏の節電対策
その1、照明は外光利用を旨とし、その不足する時も机上のみ点灯。
その2、PC,OA関係機器は効率、省力を心掛ける。
その3、所内服装は短パン、ポロシャツ、アロハOK。
その4、止むを得ずの冷房は控えめにしっかり。


貸し倒れに関する消費税額の控除
売掛債権の貸し倒れが生じた場合は、損金算入すると同時に、その105分の5(地方消費税を含む)を、当該課税期間の課税標準額に係る消費税から控除できます。
金銭の貸付債権の貸し倒れが生じた場合は、売掛債権と同様に貸し倒れとして損金算入できますが、消費税法上は、金銭の貸し付けは不課税取引となりますので、消費税の計算には影響しません。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(9)
強者は量を重視する

戦争での優勢軍は兵隊の数も、兵器、武器の種類を多くし、弾薬のも豊富にそろえ、個人の力量よりも、物量による確率戦的な戦いをする方が、効果的で、味方の犠牲も少なくて済みます。

これを例えば、営業に置き換えれば,営業に必要なモノの量を多くするという事になります。ここでいうモノとは、物理的な、貨幣的なモノばかりではなく、営業に必要な手段、手順等の知的なノウハウ等も含めて考えます。

そうは言っても先立つものは金です。資金の潤沢な大企業はここぞと思えば、湯水のごとく金にあかせて攻勢をかけてきます。

弱者はベトナム戦争での米軍に対するベトコンのように、第二次大戦のナチスに対するパルチザンの様に、自活できるアジト、山岳拠点等をまず確保する事が何より大事です。
(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

6月16日 日本遣米使節団にニューヨーク熱狂す
1860年(万延元年)

1858年(安政5)締結の日米修好通商条約の批准書の交換の為に、正使新見正興、副使村垣範正、目付小栗忠正を始め使節団一行77名は、米国軍艦ポーハタン号と、護衛を名目とする咸臨丸に分乗して、1860年2月13日横浜からサンフランシスコへ向けて出発しました。

3月4日ハワイ着、カメハメハ4世に謁見。
3月18日サンフランシスコ着、市長主催の歓迎式典盛大に行われる。
4月24日パナマ着。
まだ運河は開通していなかったので、汽車で大西洋側へ出て、1年前から用意されていた船で5月15日ワシントン着。
同22日批准書の交換を無事に終えるとともに、25日間にわたるワシントン滞在を、国会議事堂、海軍工廠等の視察等休む間もなく過ごし、更にフィラデルフィアで6日間を過ごし、ニューヨークへ。

この日の午後、日本使節団のパレードを見ようと、約50万もの人がブロードウェイの押し寄せ、熱狂したと伝えられています。
アメリカの代表的な詩人のひとりW・ホイットマン(当時41歳)もその中に居て、此の時の様子と感動を「The Errand bearers」(使命を帯びた者たち)という詩にして、6月27日の「ニューヨーク・タイムズ」に発表しました。
(後にこの詩は 「A Broadway Pageant」(ブロードウェイのページェント)と改題され、「草の葉」という彼の代表的な詩集に収められています。)

彼は日本人に対するこの時の感動を「思慮深く礼儀正しい」、そして「超然として」という言葉で語っています。
東洋の珍しい野蛮人が見られると思った多くのアメリカ人は、その気高い様子や、礼儀正しい気品ある立ち居振る舞いに圧倒された様でした。
それまで彼らが見る機会の少ない中で、見てきたアジア人の多くは支那人(中国人)で、其れから想像していたアジア人とは全く違う、「高貴で優雅、しかも超然として」ブロードウェイを行進する日本使節団に、その精神的気高さを感得し、魅了され、熱狂したのでしょう。

其れから151年。
今のこの日本の体たらく。
草葉の陰で彼らは嘆いていることでしょう。



2011/6/30 通勤手当と消費税

明日から7月。
さすがにこの暑さにエアコンは28度に設定して使っています。
それにつけても菅総理の悪あがき。
小沢、鳩山同様「蛙の面にション便」的ずぶとさは同じ穴の狢(むじな)か。

通勤手当と消費
例えば長野県軽井沢駅から東京駅まで新幹線で通勤する場合の定期代は12万1590円だそうですが、この定期代を会社が全額負担した場合、通勤費の非課税限度額10万円を超える部分は給与となり所得税が課税されます。
その場合の消費税の取り扱いは、給与として非課税となるのではなく、課税仕入れたる交通サービスを購入して、従業員に交付したものとして課税仕入れとなります。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(10)
強者は重装備を重視する

ベトナム戦争の時の米軍のように、優勢軍は死角や弱点を作らない様に武器、装備を揃えます。
歩兵もライフル銃だけではなく、機関銃、バズーカ砲、ロケットランチャー等複数の武器を組み合わせたグループを単位として、部隊を編成します。

これを経営に応用すれば、例えば大企業は工場を作る時、必要なものは豊富にそろえ、関連した設備にも惜しみなく金をかけます。
工場用土地等も将来の増築拡大も見込んで広めに取得するなどします。

支店や営業所を作る時も、賃貸ではなく自社ビルを建て、しかも自社用だけではなく、賃貸スペースを設けて家賃収入も稼げるようにするなどもよくやることです。
弱者は金もないので軽装備に徹し、無駄を省き、機動性を高める。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

6月23日 牛島満中将自決、沖縄戦終わる
1945年(昭和20)
フィリピンを占領して日本本土進攻を目指す連合軍に対抗すべく、1945年1月20日、大本営は「帝国陸海軍作戦計画大綱」を定めました。
その骨子は、千島列島、小笠原諸島、西南諸島、沖縄、台湾等に侵攻してくる敵に徹底的に抵抗する漸減迎撃戦略でその戦力を減殺し、本土で一大決戦を行うというものです。

上記作戦の一環として予定された沖縄戦に先立ち、前年の7月から沖縄住民の疎開が計画されましたが、本土との間の制海権、制空権が不安定で、輸送船が潜水艦に撃沈されるなどのことがあり、63000人ほどの疎開が実現したのみでした。

1945年に入り沖縄戦真直となって、軍司令部は戦闘の邪魔にならない様に、又軍民一体となった玉砕とならない様に、幼老婦女子を島北部山岳地帯へ半強制的に避難させようとし、多くは避難しましたが、なお数十万の住民が激戦地区となるであろう中南部に居座り続けました。
これは前年10月12日から16日にかけて行われた台湾沖航空戦で、敵空母19隻,戦艦4隻撃沈等の誤報(実損は重巡2大破、航空機89)が、精査もせず大戦果として発表された事を信用し、安心した事が大きな原因でした。

激烈を極めた3カ月の戦いが、この日の司令長官牛島満中将の自決で、事実上終わりました。
連合軍の死者行方不明者は12520人。
日本側のそれは約19万人。
半数が兵士で、半数が住民でした。
その中には集団自決した人々が約1000人も含まれています。

住民の犠牲の大部分は、北部山岳地帯へ避難しなかった、あるいは軍が避難を強制しなかった事に在ります。
然し避難を強制しなかった、出来なかった軍が、自決は強制したというのですが、これは状況と、論理に無理・矛盾があります。
10年か15年程のまえから、自決は強制されたものではなく、むしろ自決を止めたとい言う証言が明らかになってきましたが、いまだに強制を言いつのる人々がいるようです。


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