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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2011/8/15
使用人賞与の損金算入時期

鎌倉幕府の失政を奇貨とし政権を取った建武新政も、3年程で潰えました。
駄法螺・大法螺を吹いて政権を取った民主党政府が、同じ轍を踏むのも真直なようです。
騙されるのも悪いが、騙した奴が一番悪いに決まってる。


使用人賞与の損金算入時期
使用人に支給する賞与は、原則として支給した日の属する事業年度の損金となります。
資金繰りの都合により支給が翌事業年度にずれ込む、例えば決算賞与などの場合の取り扱いは、@支給額が決算日前に確定し、かつそれが各人に通知され、A決算日の翌月から1月以内にその確定通知額が支払われている事を条件に、確定通知の日の属する事業年度の損金算入が認められます。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(13)
強者は弱者を包囲する(3)

包囲戦略の第3は、販売ルートです。
例えば自動車でいえば、トヨタはトヨペット系、トヨタカローラ系、トヨタオート系等。5つの販売チャンネルを作っています。ホンダもホンダプリ系。ホンダベルノ系など複数の販売チャンネルを使って売っています。

こうなると弱者(市場占有率の少ない自動車会社)のセールスマンは、あっちに行けばトヨタ、こっちに行けばホンダと徐々に嫌気がさしてきて、意欲をなくし辞めるという事になりがちです。
そして新人を採用し教育し販売前線に投入するという事の繰り返しになります。
軍隊でいえば常に新兵を採用して初年兵訓練をする様な状態です。

この強者の販売戦略も弱者には真似ができませんし、するべきでもありません。
しかしホンダも二輪車から乗用車に進出したときは、二輪車で蓄えた技術と資金はあったにしても、弱者でした。
このホンダの成功事例は研究する価値があると思います。
もっと手近な事例は光岡自動車です。
(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

8月2日 人見絹枝オリンッピク銀メダル
1928年(昭和3)

人見絹枝は1907年(明治40)1月1日岡山県に生まれ、1920年(大正9)岡山県高等女学校に入学し、1923年4月の岡山県女子体育大会に出場するまでは、ごく普通の日本女性でした。
しかし、この大会の走り幅跳びで4米67の当時日本最高記録を出してから彼女の人生は一変しました。

翌年4、月二階堂体操塾(現日本女子体育大学)に入学し、本格的に体育、陸上競技の指導を受けるやその才能は一気に花開きました。同年10月の第3回岡山県女子体育大会で、三段跳び10米33の当時世界最高記録を出したのを皮切り様々な競技大会に出場し、次々と日本最高記録、世界最高記録を連発していきました。
その中の白眉。

その1、1926年8月の第2回国際女子競技大会には日本からただ一人出場し、走り幅跳び5米50で優勝、立ち幅跳び2米47で優勝、円盤投げ32米62で2位、100ヤード走12秒0で3位、60米走で5位、250米走で6位、個人得点15で大会名誉賞を授与されました。

さらに1928年アムステルダムオリンッピクに出場。
走り幅跳びは競技採用されていなかったので、100米走に的を絞りましたが、予選一位通過も決勝は12秒8で4位。
このままでは日本に帰れないと、公式戦では走ったことがなかった800米走に急遽エントリー。
そしてこの日の決勝はドイツのリナ・ケトラとの接戦となり、2分17秒6の2位。ゴールした二人はそのまま倒れこみ失神したとのことです。

しかし1925年から上記を含む毎年4〜6の競技会に出場し、特にその死の前年の1930年(昭和5)には国内3競技会に出場した後、ヨーロッパ大陸に渡り、9月半月で5競技会を転戦するという過酷なものでした。
この6年間の身を削る様な競技生活、さらに後進の指導育成、競技会の資金集めなどに忙殺され、それらが身長170センチ、体重56キロ(16歳当時)の恵まれた体を蝕んでいたのでしょう。
1931年(昭和6)8月2日、乾酪性肺炎により逝去。享年僅かに24。



2011/8/31 相続財産に関する費用と債務控除

暑い夏もやっと峠を越すようです。
不毛な政治はいつまで続くのでしょうか。
馬鹿鳩、菅スケ、ゴロツキ小沢も先が見えた。
政治ごっこは程々にして貰いたい。
幕末の動乱すら、黒船来航から明治改元まで15年でした。

相続財産に関する費用と債務控除
相続は積極財産(預金、不動産等)のみではなく消極財産(債務等)も引き継ぎます。
納税資金の捻出等の為に不動産を売る場合にかかる費用、不動産の相続登記の為の費用、遺産文化割協議書の作成費用等は、相続開始時までに生じた債務と言えない為、ここに言う債務等に含まれません。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(14)
強者は弱者の出る杭を打つ

強者は、2位以下の弱者が新製品を出し、それがヒットするとすぐ似た様な製品を出してつぶしにかかります。
昔の松下電器(現パナソニック)がそうで、早川電気(現シャープ)、やソニーが新制品を出してそれがヒット商品になると、すぐ似たような製品を出して、優位な自社の販売ルートに乗せてたちまち売上高を伸ばし、あるいはシェアを横取りするなどして、弱者の勢いを潰してしまいました。
真似した(松下)電気と揶揄されましが、強者の戦略としては有効な必須の方法です。

シャープは早まった(早川)電気、ソニーは業界モルモット等と言われましたが、それはそれで弱者の基本戦略で、強者のやらない事に活路を見出さざるを得ません。
寡兵で大軍に正面衝突的な戦争を仕掛けてもかなうはずはありません。

松下戦略を怠り失敗したのが米国の自動車メーカーです。
日本の燃費のいい小型車が売れ行き好調なことは知っていましたが、利幅のいい大型車にこだわり、小型車対策を怠ったために、石油ショック、排気ガス問題等で足元をすくわれ、あわてて小型車開発に着手しましたが、時すでに遅し、、凋落が始まりました。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

8月22日 対馬丸(沖縄からの疎開船)撃沈
1944年(昭和19)
昭和19年7月、サイパン島が玉砕陥落し、日本本土全体がB29による空爆の射程内に入ることになり、又本土防衛の一大拠点と想定された沖縄からの老人、婦女子、児童らの本土疎開が計画され、その一環として同8月20日、対馬丸は他の2隻の疎開船と船団を組み、駆逐艦・砲艦の護衛の下に長崎へ向けて出港しました。

そしてこの日、無線を傍受し船団の予定航路を把握していた米潜水艦ボーフォンが、老朽船の為他の2隻に遅れで航行していた対馬丸に、魚雷3発を発射。1発目は交わしたものの、2、3発目が命中し、流れ込む海水に梯子を流され、足元をすくわれ、大部分は甲板這い上がれず船倉に取り残されたまま、その11分後船と共に海中に没し、あるいは漂流中に溺れたりして1788名中1476人が犠牲となりました。

アメリカ側は、疎開船とは知らなかったと言っていますが、潜水艦ボーフォンはハワイのアリゾナ記念館に、「真珠湾攻撃の復讐者」として誇示的に展示されています。
これを真珠湾の仇討と言い張るのは、「盗っ人猛々しい、見当違いの言い逃れ」でしかありません。真珠湾攻撃は騙し討ちと言われている通告遅れの手続きミスを除けば、軍港内の軍艦、軍事施設、軍用飛行場のみを攻撃対象とし、市街地や一般市民への爆撃や攻撃、機銃掃射などはしていません。

この対馬丸撃沈は米国の戦略爆撃思想の端的な実行だと思われます。
米国の日本に対する戦略爆撃思想とは、軍事関係施設、軍需工場の破壊は勿論ですが、それ以上にそこで働く作業員等、更にはその家族、その子孫を根絶やしにすることこそが、日本の戦闘能力、戦闘意欲を叩き潰すことになるという思想です。
その結果、市街地の爆撃、一般市民の殺傷、海戦後漂流中の日本兵への執拗な機銃掃射等が、当然のこととして徹底されました。
あの展示が続いているという事は、彼らが戦時の一時的な極端に非人道的で凶暴な思想、行動をいまだに正当化しているという事です。
原爆投下もそうですが。


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