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津城俊幸プロフィール
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仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2012/4/15
所得税額・外国税額の調整方法

4月も半ばを過ぎましたが、何となくすすら寒い日々が続いています。
5月の連休までは寒の戻りと言うか、花冷えと言いますか、急に2,3日冷えこむことがありますが、今年はちょっと異常な気がします。
ひょっとしたら今年は冷夏でしょうか。経済も政治もそして天候さえも、パッとしない今日この頃です。


所得税額・外国税額の調整方法
租税公課の内、所得税と外国法人税は損金になりますが、法人税の前払い的な性質もあるので、税額控除方式も適用可能。
その場合は源泉徴収税額を、例えば(借方:現金80 租税公課20/貸方:受取利息100)とし、租税公課20を法人税額から控除する事になります。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則

弱者は顧客と競争相手の情報を集める

経営の目的は利益の源泉たる顧客の数を多くし、何らかの商品、いずれかの地域でNO.1となることです。
その為に客層、業種商品、販売地域、販売ルート等で他社と差別化するする必要がありますがそれには現状に関する情報が必要です。
その情報は何処で集めるか。
戦争でいえば、敵の弱みを見つけそこを集中して攻めれば味方が勝ちます。
それには見晴らしのいい高台で、戦場の敵味方の軍勢の様子を見ることが出来れば理想的です。
羽柴秀吉と明智光秀の山崎の合戦では、戦場を見下ろす天王山の争奪戦に勝った、秀吉軍が光秀軍を撃破しました。
つまり敵味方が入り乱れている最先端部分に、必要な、重要な情報があると言う事になります。
経営ではその最先端部分はお客と言う事になります。
つまりお客様を定期的に訪問しお客の関心やライバル会社の動きなどに関する情報を集めるのが一番という事になります。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

4月14日 高杉晋作死す
1867年(慶応3)

ペリー来航(1853年)の15年前の1839年(天保10)、長州藩の裕福な藩士の家に生まれた高杉晋作は、1852年(文久2)藩校明倫館に入学するとともに、柳生新陰流を学び(後に免許皆伝)、当時の武士としての素養と鍛錬を積んでいました。

1861年から翌年にかけて江戸、東北地方へ遊学し佐久間象山、横井小楠らと交友を持ち、幕末の世相、海外事情についての見聞を広め、さらに藩命により幕府の使節随行員として清国の上海に渡航し、支那が欧米列強の植民地になりつつある実情や、10年以上続いている太平天国の乱を実地に見聞し、大きな影響と危機感を持ちました。

この危機感をバネに奇兵隊を組織するなど、攘夷運動の最先鋒の長州藩の中にあって、いつしか高杉は藩論を尊王攘夷にまとめる指導者の1人となっていました。
攘夷運動は薩摩の生麦事件、長州藩の関門海峡の外国船砲撃事件等でその頂点に達しましたが、薩摩は薩英戦争、長州は下関戦争で欧米列強の軍事力に圧倒され、攘夷の無謀さを認識し、高杉も尊王攘夷から尊王倒幕、開国へと大きく方針転換し、坂本竜馬らの斡旋により薩長同盟が成立しました。

延命を図る徳川幕府を打倒すべく、薩長に対して1867年10月14日倒幕の密勅が薩長に下りましたが、同日徳川慶喜の大政奉還の申し出があり、翌15日それが勅許され、徳川幕藩体制は崩壊。
1968年9月8日明治と改元し、ようやく幕末の動乱も一段落しました。

それに先立つこの日、高杉は肺結核のため29年の生涯を終えました。
辞世は「おもしろきこともなき世をおもしろく」とまで詠み、「住みなすものは心なりけり」と付き添っていた野村望東尼が続けたのにかすかに頷き、意識不明となり間もなく絶命したとのことです。
高杉に後20年の寿命があったなら、明治維新も随分と変わっていたことでしょう。そして今も、、、。
歴史のifの、これもそのひとつ、、、。



2012/4/30 復興特別源泉所得税

桜が終わり、GWが終わり、平常の日常生活に戻って行きますが、重くのしかかる原発問題と夏の節電対策。
節電対策の限界を訴える経営者に対して、ある女性知事が「あれも出来ないこれも出来ないと、駄々っ子みたいなことを言ってないで、企業はもっと節電対策を考えるべきではないですか。」と高飛車に言ってのけるのを聞いて唖然としました。
このレベルの政治家しかいないのか!?

復興特別源泉所得税
東日本大震災の復興財源の確保のための「特別措置法」が、平成25年1月1日より施行されることとなりました。
平成49年12月31日までの25年間にわたり、通常の源泉税率に2.1%を上乗せしたものが源泉徴収されることになります。
しかし25年間もというのに驚いています。
そんなに日本は貧しくなったのでしょうか。
元気なころはせいぜい2、3年で済んだはずだと思うのは私だけでしょうか。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則
弱者は顧客と競争相手の情報を集める

戦争でいえば敵味方が入り乱れて戦っている最前線の情報こそが最も重要と言う事になり、経営ではそれはお客様と接する場所と言う事になり、この場所が商売の内容によりそれぞれ異なることになります。

小売業ではそれは来店されたお客様との交流、接客、売り込み(戦争では戦闘)と言う事になります。
卸売業や、製造業ではその場所はそれぞれ異なることになります。
エンドユーザーを意識しながら、自分たちの商売の最前線はどこかを、それぞれ認識する事が必要です。
そして次の様なお客対策が必要だと思われます。

1 お客が注文しやすいシステムを作る。
2 お客から好かれ、気に入られ、喜ばれるようにする。
3 お客から忘れられない様にする。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

4月25日 近藤勇処刑さる
1868年(慶応4年)
天保5年(1834)10月9日、武蔵国多摩郡(現東京都調布市)の農民・宮川久次郎の三男として生まれた近藤勇は15歳の時に天然理心流道場「試衛館」に入門し、徐々にその才覚を認められ、道場主の養子となり1860年(万延元年)4代目宗家を襲名。

ペリー来航(1853年)の10年後の「尊王、佐幕」入り乱れての、「攘夷、開国」の議論、武力衝突等、世情騒然たる中、1863年(文久3)、近藤ら試衛館の8人は、14代将軍・徳川家茂の京都上洛の警護する、清河八郎の「浪士組」に参加し京都に向かい、以後約5年間、近藤が想像だにしなかったであろう疾風怒涛、波乱万丈の時代を、まさに血風の中にその中心人物に一人として戦い、生き、そして死ぬことになりました。

武士に憧れ、徳川家大事と佐幕派の最強武闘集団としての存在感を高め、「池田屋事件」等で尊王派、倒幕派を震撼せしめましたが、時の利あらず。
鳥羽・伏見の戦いに敗れた幕府軍は大阪城を後ろ盾に、反撃を企図しましたが、総大将の徳川慶喜は大阪城脱出。

負傷療養中の近藤もそれに従い、海路江戸へ逃れ再起を図りましたが、慶喜の恭順の姿勢に惑乱された幕府方は統一的な作戦が取れず、近藤は土方歳三とも別れ下総流山に陣を構えましたが、官軍に包囲され降伏。
大久保剛と改名していましたが、官軍本陣に近藤勇本人を知る者がおり、捕縛されました。

官軍内部でも近藤の処遇について対立がありましたが、高杉晋作の病死からほぼ1年後、明治改元の約半年前のこの日、中山道板橋宿の板橋刑場で斬首されました。
享年33歳。首は京都三条河で梟首されましたがその後行方不明とのこと。
官軍高官の中にも「俺がいたら死なせはしなかったものを、、。」とその死を悼んだ者もいたそうです。
立場は違え、一代の傑物とは認めていたのでしょう。


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