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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
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ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2012/6/15
優待券の税務処理

梅雨入りしました。
特有の曇り空、シトシト雨。梅雨が明ける頃には、ギリシャを始めとした欧州情勢はどうなっているのでしょうか。
リーマンショックのような大混乱なると言う人もいますが、、、。


優待券の税務処理
割引券や無料券等の優待券を不特定多数の物に配布する場合は、その優待券にかかわる費用は広告宣伝費に該当する事になりますが、取引先等特定の者に交付する場合、その費用は交際費に該当する事になります。
例えばあるレストランが5千円のレストランの割引券を配布した場合、前者に該当する時は、1万円の食事をした場合、5千円が広告宣伝費になりますが、後者に該当する時は、1万円の食事の原価が6千円とすると、割引額に対応する3千円が交際費に該当する事になります。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則

経営情報の種類と精度

経営に必要な情報の7〜8割は会社の外にあります。
その情報の種類と言いますか精度を社長たるものは、見極めなければなりません。
社長が直接現場で集たり、現場で見たり聞いたりした情報は一次情報になります。
現場を見たり聞いたりした人から聞く、集める情報は第2次情報になります。
第2次情報の人から聞いたり、集めたりした情報は第3次情報になります。
これはほとんど雑音と思った方がいいでしょう。
現場100回の意味は此処にあります。
第2次情報の信頼性はその情報源たる人間の能力と人間性に拠ります。
正しく1次情報と、2次情報を区別して、上司たる社長の判断を曇らせないような情報収集とその取捨選択、報告が出来るかどうか、その信頼性を常に検証する必要があります。
最近新撰組関係の本や映画を集中的に読んだり見たりしています。
13人(近藤グループだけをだと8人)から出発した新撰組が、多い時には300人ほどの戦闘集団になりましたが、近藤や土方にとっての信頼のおけるそれ以外の2次情報源は、5、6人位だったようです。


(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

6月5日 黒部川第四発電所完成
1963年(昭和38)

満州事変、日中戦争、大東亜戦争と続いた15年戦争が、昭和20年8月15日の終戦となり、焼野が原の中に茫然自失していた日本が、復興し始めましたが、資金・資材不足の中の復興は思うに任せず、猛烈なるインフレと相俟って、日本経済は混迷の最中に在りました。

インフレの原因は、@今まで軍事費に回っていた資金が、市中に出回り消費財に向かってきましたが、Aしかし生産設備は崩壊状態で物資は欠乏しているという、典型的な需要超過に拠るインフレでした。

そこで、第1次吉田内閣は、昭和21年12月27日、まず当時の基幹産業であった鉄鋼と石炭に重点的に資金・資材を投入し、更に肥料・電力等の重要産業にと順々に資金・資材を投入し、循環的に産業の復興拡大を図るという政策を発発表し、実施しました。
所謂「傾斜生産方式」と後に言われるものです。
その成果が上がり朝鮮戦争特需等もあり、一応の経済復興を果たしましたが、1950年代に入り電力の供給不足に悩まされていました。

中でも当時関東地区に匹敵する大工業地帯と人口を擁していた、関西地方の電力不足は深刻で、大きな社会問題にもなっていました。
最悪期には工場で週2日、家庭では3日の停電を余儀なくされていました。
今のチャイナ(支那)や、原発が止まった日本よりも悲惨な状況でした。

「電力不足によって経済の復興を遅らせるわけにはいかない。」当時の関西電力社長の太田垣士郎は、資本金の3倍と言われた黒部ダム開発を決断しました。
昭和30年のことでした。(続く)



2012/6/30 食事代の税務

今年も早や半年が過ぎました。
梅雨にしては爽やかな日々が続いています。
国内も海外も波乱含みの状況が続いています。
変な儲け話引っかからない様にしましょう。

食事代の税務
会社が従業員等に対して支給する食事代は、経済的利益として給与所得として課税されますが、次の2つの条件を満たすときは、厚生費等とされ課税されません。
@従業員等が食事の原価の半分以上を負担しており、A会社が負担する事になる金額が3500円/月以下である。
なお残業や宿直をした従業員に食事を無償支給した場合は、課税されません。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則
経営情報としての会計的計数情報

現場100回的な情報集めは、時間が掛かり、また肉体的な苦痛を伴いがちで、金も掛かります。
そこで楽して情報集めをするのに手っ取り早いのが会計的な計数資料の収集と分析です。
貸借対照表、損益計算書は会社の財産状況、利益状況を把握するのに基本的な情報です。
この基本情報をもとに所謂経営分析なるものが会計事務所、会計専門家から様々に手を変え品を変え、伝家の宝刀的に、これを知らずんば経営が出来ないとばかりに、その計算方法や、その解釈の講義が姦しく喧伝されています。

ある銀行の調査部がその数を調べたことがあるそうですが、約200程あったそうです。
私もそれで勉強したことのある、さる有名な経営分析の本にも、経営分析の重要性が強調されていました。
「自己を知ること、どこが良くてどこが悪いかを知って初めて、適切な経営が出来る。」と言うのは一応の理屈です。

しかし10〜30人位の規模の会社で、複雑な多数の経営分析をしなければ、自己(自社)を知ることが出来ない経営者の方がおかしい。
粗利益が人件費を含む経費を上回っているかどうかと、自己資本比率(自己資本/総資本)が分かっていれば、それ以上の経営分析に憂身を費やすのは、当面不要で無駄です。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

6月5日 黒部川第四発電所完成
1963年(昭和38)
(承前)黒部川流域は豊富な水量と急勾配で大きな落差を持ち、水力発電に適した地形で知られており、下流には戦前から5つのダムと、黒三発電所を含む8つの発電所が建設され稼働していました。
黒部第四発電所は更にその上流の立山、剣岳等の標高2700米から3000米級の北アルプスに囲まれた、すり鉢の底のような渓谷にダムを造り発電所を作ろうというものでした。

当時の発電の主力は水力でしたが、数年ならずして火力が主力になるであろうと予想されおり、事実昭和37年には54%が火力になりましたが、それでも水力が必要とされたのは、火力発電はコンスタントな運転が必要で、燃料を焚いたり消したりすると効率が悪くなり、場合によっては発電機自体の損壊の可能性もあり、臨機の発電が可能な水力発電が必要とされていました まず資材や建設機械・車両等を黒部川の谷底まで運ぶ大町ルートのトンネル(関電トンネル)工事が始められ、完成を急ぐ関係から、山腹や地下に穴を掘り、冬季の生活に耐えられるような住宅を作り越冬作業が行われました。
1日4米が常識の時代に10米というスピードで掘削が進められました。

途中80米の破砕帯を突破するのに7カ月を要すると言う危機に見舞われ、関電は倒産するのではないかとの噂まで飛び交いましたが、昭和33年終にトンネル貫通。
その後工事は順調に進み、黒部ダム、発電所が完成し、この日竣工式が挙行されました。

発電力は335千KW,昭和35年の日本の総発電力は23657千KWでその約1.5%(2010年の総発電力は282,315千KWですから、その1.5%は4,234千KW、原発約4基分)の巨大さですから、日本中が驚きました。
その総工事費は関西電力の資本金の5倍にも達する513億円。
当時中学教師だった私の叔父の月給が1万3千円程度でしたから、現在価値で約1兆円位でしょうか。
この発電所の完成により電力不足は一息つき、更なる日本の復興へと新局面を開いていきました。
尊い犠牲者は171名、毎年慰霊祭が行われているそうです。


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