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津城俊幸プロフィール
プロフィール ヘッダー
仕事や職場で群れるのが嫌い、と言うより馴染めない。で、公認会計士、税理士の資格が取れたところで、何の見通しもなかったのですが、独立しました。
プロフィール
結果はオーライ、大正解。自分にあった場所を選ぶことが大事と納得。専門馬鹿にならない様に気をつけています。
プロフィール
ちなみに、星座は蟹、血はA型、RH +。趣味は酒杯片手に読書そして瞑想。最近は、主に芋焼酎です。
公認会計士・税理士 津城俊幸
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2012/12/15
販売奨励金と交際費

選出区域が狭く、勝ち負けが極端になりがちな小選挙区制より、中選挙区制にという意見もありますが、議員定数を減らし選挙区を大きくし、その良い面を生かす方策をと思いますが、皆さんはいかがですか。


役員の中途退職と事前確定届出給与
メーカー等が販売促進のために、得意先に報奨金を支払う場合は交際費ではなく全額損金処理できますが、得意先の販売員に直接報奨金を支払うと交際費になります。
そこで販売店たる法人に報奨金として支払い、販売店では収益計上し、販売員に支払った報奨金は給与とすると交際費にはなりません。

詳しくは事務所まで。


ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則
弱者の赤字対策


社長は赤字が気になるものです。
赤字にはいろいろな赤字があります。
赤字の内容を見極めなければなりません。

いい赤字と悪い赤字、一時的な赤字と継続的な赤字。
予期できる赤字と予期せぬ赤字、原因がはっきりしている赤字と原因不明の赤字。

これらをマトリックス化して、例えば大雑把に下記の様に区分して、1については赤字の内容をリストアップし、解決策を考え対策を立て、実行方法を考える。
2のカテゴリーの区分、特に継続的な原因不明な赤字の場合は、店舗や扱い商品、営業エリアなどは撤退、廃棄の方向で考えた方がいいでしょう。

1の場合もその黒字化に要する時間と資金の程度を見積もり、その是非を判断する必要があります。

1 いい赤字
一時的で、予期可能な原因がはっきりしている赤字

2 悪い赤字
継続的で、予想外の原因がはっきりしない赤字



(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)


今日はどんな日?

12月2日 世界柔道選手権大会でヘーシンク優勝
1961年(昭和36) 

世界柔道選手権大会は昭和31年、33年と東京で開催されましたが、柔道の国際化を目指して当時柔道競技人口の多かったフランスのパリで、第3回世界柔道選手権大会を開催しました。
当時は体重別ではなく無差別級のみでしたが、第1回、2回と優勝してきた日本の前に、身長198cmの巨漢オランダ人のアントン・ヘーシンクが立塞がり、神永ら日本人選手を次々と下し曽根康冶との決勝戦となりました。
この日当時33歳とピークを過ぎていた曽根は絶好調の27歳ヘーシンクと対戦しましたが、試合開始7分50秒袈裟固めで一本負けとなりました。

この悲報は日本中に大きな衝撃を与えました。
私は当時小学校の6年生でしたのでその悲報と衝撃の意味がよくわかりませんでしたが、当時購読していた少年画報の連載漫画の主人公が「日本柔道が外人のヘーシンクに負けた」と悔しがっているのを読んだ記憶があります。

それから3年後の昭和39年の東京オリンッピクの柔道無差別級で、再び悲劇が繰り返されました。
ヘーシンク対神永の決勝戦は私もテレビで見ていました。
大人と子供の対戦に見えました。
試合開始9分22秒(当時試合時間は10分)、神永の仕掛けた渾身の体落としを押しつぶすようにヘーシンクが神永の上にのしかかり、そのまま袈裟固め。
3年前の曽根との決勝戦と最後は同じでした。

ヘーシンクは、試合後日本柔道代表監督でもある恩師の松本安市の傍らに駆け寄り「先生、すみませんでした。」と言ったという事です。
また後のインタビュ―で曰く「私が勝ったから柔道が世界的なスポーツになった。
さもなければ柔道は地方的なマイナーなスポーツのままで、1972年からの五輪正式種目にはならなかっただろう。」とは一半の真理ありと言えようか。

今日本柔道の状況は、、惨状と言うべきか。
国際ルールにも大いに問題ありと思いますが、元祖日本の発言力は乏しいようです。
これは何も柔道に限った事ではありませんが、、、。主張せよ日本!




2012/12/31 復興特別所得税の源泉徴収

日本は「、、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、、」(憲法前文)頑張りましたが、その見返りは辛うじて経済的な繁栄だけで、「名誉ある地位」(同)を占めてはいないようです。
名誉なき繁栄は灘花に過ぎず、やがて失われるでしょう。
他力本願ではなく、自立し主張し発信する強い日本に!

復興特別所得税の源泉徴収
平成25年1月1日から49年12月31日まで、復興特別所得税の源泉徴収をしなければなりません。
例えば24年12月分の給与を25年1月に支給する事としている様な場合は、その適用対象なりますが、税理士報酬のように24年12月分を25年1月以降に支払うような場合は従来通りの源泉徴収でかまいません。

詳しくは事務所まで。



ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室

弱者の経営基本原則
弱者の従業員対策

中小企業の社員に限りませんが、すべての分野で優れている人はいません。
それぞれ得手不得手があり、好きなこと嫌いなことがあります。
それぞれ長所短所があります。

学校教育もそうですが、まず欠点を直そうとします。
しかし欠点を直すのは時間がかかり労多くして功少なしになり勝ちです。
基本的な礼儀作法、社会常識的な事柄についての知識は勿論わきまえなくてはなりませんが、従業員教育の基本は長所を伸ばすに徹するのが早道だと言われています。

スポーツでもそうですが、型にはめるような指導・育成は平均的な能力の育成には向いているのでしょうが、そういう選手だけでは、平均以下のチームしかできません。
また野球でも4番バッターや主戦投手だけでは、強いチームは作れないようです。
個性的な社員を育て、それを束ね、強い会社を作るのが社長の腕と言う事になります。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)



今日はどんな日?

12月25日 奄美諸島日本返還
1953年(昭和28)
大東亜戦争の対日終戦協定の一環として、台湾の支那返還、朝鮮の独立と同様に、沖縄諸島、奄美諸島も日本に支配された少数民族であるとみなし、米軍の占領が終わっても日本に返還せず、独立させることも米国は考えていました。
米軍の占領統治下に置かれていた奄美諸島は、戦後の混乱と、本土との分離による経済活動の停滞などで、飢餓状況を呈し住民は不満を増大させていました。

昭和25年6月の朝鮮戦争勃発による東西冷戦の本格化に伴い、米国は日本を西側陣営にとどめ置く必要を強く感じ、日本を同盟国とし、その再軍備を進めるようになりましたが、同26年9月のサンフランシスコ平和条約で奄美諸島を含む沖縄列島は日本から切り離され米国の占領統治下に組み込まれました。
これを知って、本土との分離直後から始まっていた奄美諸島祖国復帰運動は激しさを増し、祖国復帰を願う住民(14歳以上)の署名は99.8%に達し、インドのガンジーを真似たハンガーストライキが行われたり、小中学生の血判状提出事件も発生しました。

米国は奄美、沖縄の日本からの分離が困難で「支配された少数民族」との認識の誤りを認めざるを得ず、沖縄の軍事的重要性に比較し、奄美諸島は米軍関係の軍事基地などもなく、盛り上がる祖国復帰運動に嫌気がさした米国は奄美諸島の日本返還を考えるようになり、この日奄美諸島は日本に返還されました。
米国はこれを「クリスマスプレゼント」と自画自賛しましたが、盗んだ物を返してプレゼントもないものだと思いますが。

私はその時、奄美諸島と南に境を接する鹿児島県口永良部島(屋久島の西隣の小島)にいましたが、4歳のこととて何も覚えていません。
沖縄の本土復帰はそのさらに19年後の昭和47年のことでした。
これはよく覚えています。

しかしその後、沖縄の世論(一部世論?)はどういう訳か反日になったようです、反米は分かるのですが、、。
日本に復帰しない方が良かったのでしょうか。
目の前の自分たちの海を荒らす支那に対しては、ほとんど何の抗議もしていない様です。
まさか支那の属国になりたいわけではないのでしょうが。


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