ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)   104号  平成22年5月31日 

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

ランチェスター戦略の実例

1 アメリカのゼロ戦対策

大東亜戦争の初期のころはゼロ戦の性能やパイロットの技量が米国より勝っていたので、数学者や物理学者等を集めて、ゼロ戦対策を研究し、その結果ゼロ戦1機に対して、3機で対戦する戦法を編み出しました。これだと第2法則により日米の攻撃力の比は1:9になり米軍のほうが圧倒的有利になりました。被害の出方はその反対になりますから、日本は米軍の9倍(約10倍)の損害を出すことになりました。

2 沖縄戦

米軍は日本の2.73倍の兵力で上陸して来ました。戦艦等の艦砲射撃、空母艦載機による空爆等も含めると約4倍の兵力になりました。日米の攻撃力の比は:16で、これでは話になりません。それに先立つ。グワム、サイパン島も同様でした。

このような射程距離の長い兵器を持つ敵と戦うには、ゲリラ戦による接近戦しか勝ち目はありません。硫黄島の栗林忠道中将の戦い方を徹底すべきでした。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 税金一口メモ    給与所得 レクレーション費用等で非課税とされるもの  

レクレーションのために行われる旅行については、その目的・参加割合・費用な負担額・負担割合などを総合的に勘案して経済的利益の有無を判断しますが、次のすべての条件を満たしていれば、原則非課税となります。@所要期間が四泊五日(海外旅行の場合は現地での期間)以内。A参加割合が50%以上。詳しくは事務所まで。(h22.03P297

雑情報 その1 今日はどんな  5月25日 1336年(延元元年) 楠木正成 湊川に死す

1334年、鎌倉の執権北条氏を打ち滅ぼし、後醍醐天皇は天皇親政を始めましたが、少数の側近的な上級貴族による政治は、その能力を欠き、朝令暮改に明け暮れ、世の支持は次第に建武新政を離れて行きました。

建武政権樹立の立役者の一人でもある足利尊氏は、源氏の棟梁としての血統の正しさもあり、次第に武士階級の支持を集め始め、独自の訴訟処理や、恩賞の授与などを行ったりして、建武政権から離反。後醍醐天皇の追討令に呼応した新田義貞、楠木正成らとの戦いに一旦は敗れて九州へ逃れましたが、半年ほどで九州を制覇し約5万の軍勢を率いて東上して来ました。新田義貞はこれを迎え撃つべく、兵庫に陣を敷き待ち受けました。

正成は、聖上からの兵庫出兵命に対し「優勢なる尊氏軍との激突を避け、新田義貞軍を呼び戻し、聖上の比叡山行幸(退避)の守護とせしめ、自分は河内方面の山岳に拠り、もって尊氏軍を京都に引き入れ、その糧道を断ち、その弱体化を待って南北より挟撃する。」との、守るに難く攻めるに易い京都の弱点を踏まえた献策をしましたが、入れられませんでした。

正成は700騎を率いて兵庫へ向かい、湊川の右岸(西側)に布陣(新田軍は川向うの左岸(東側))し尊氏軍を迎え撃ちました。水軍を持つ尊氏軍は新田軍のさらに東方を目指し海上から進撃し、退路を断たれることを恐れた新田軍は川向うの楠木軍を置き去りにしたまま東方へ退避しました。

正成は湊川の戦いは勝つことではなく、聖上の守護のための防戦であることを予め新田義貞に説き、此のことを予想しており、新田軍の退避を援護するために奮戦し、遠ざかる新田軍に最後の別れを告げた時には、残りは僅か73騎でした。

この日の夕刻、弟の正季と近くの民家に逃れ「七度生まれ変わり、朝敵を滅ぼしたいものだ。」とお互いに語り合い、哄笑し、刺し違えて自刃しました。この正成の生様・死様が、幕末から明治維新にかけての志士達の一つの理想像となりました。死を恐れぬ者は強い。「金も名誉も命もいらぬと言う人は困ったものなり。しかしかかる人でなければ事は成らじ。」とは西郷隆盛の言。そして彼は朝敵・賊軍の汚名を着て自刃しました。彼は靖国神社には祀られていないそうです。

 

その2 彼は言った、、、 「ラ・ロシュフコー箴言集」より

親友が、逆境に陥った時、われわれはきまって、不愉快ではない何かをそこに見出す。

人間の盲目は人間の最も危険な所産である。傲慢は盲目を助長し強めて、われわれの悲惨を和らげ欠点を治してくれるかもしれない薬を知る術を奪ってしまう。

編集後記あるいは近況報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

人だれしも持つ卑しいエゴを刺激し、その本然の生理的・本能的な快感を貶めて良いことはありません。前者はあっても密やかに、後者は人間らしく優雅に。政治家は前者の理論化に長け、後者の高質化・政策化に疎いようです。