ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)   107号  平成22年7月19日 

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

優勢軍の戦略と劣勢軍の戦略

 

優勢軍(兵力数が多い)の将軍は、効果的な戦いをする。

1  間隔戦ができる射程距離の長い兵器を選ぶ。(間隔戦的商品を選ぶ)

2  間隔戦ができるような広い、見通しの良い場所を戦場とする。(間隔戦的な販売地域を選ぶ)

3  相手と離れて戦う。接近戦。白兵戦を避ける。(間隔戦的な売り方をする)

 

劣勢軍(兵力数が少ない)は、優勢軍の圧力を避けそらすような戦いをする。

1  一騎打ち戦ができるように射程距離の短い兵器を選ぶ。(一騎打ち的商品を選ぶ)

2  谷や盆地・山岳地帯など障害物の多い場所で戦う。(一騎打ち戦的販売地域を選ぶ)

3  できるだけ敵に近づいて戦う。(一騎打ち戦的売り方をする)

 

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 税金一口メモ    給与所得  損害賠償金   

使用者が、役員または使用人の行為に起因する損害賠償金を負担した場合、その損害賠償金の起因となった行為が、使用者の業務の遂行に関連するもので、かつ行為者の故意または重過失に基づかないものである場合は経済低利益はないものとし、給与所得とはなりません。詳しくは事務所まで。(h22.03P301

雑情報 その1 今日はどんな  7月18日 1944年(昭和19) 東條英機内閣総辞職

近衛首相の後継首相に東條英機が指名されたのは、@継続中の日米交渉が妥結し戦争が回避された場合、米英打倒を主張する陸軍を抑えられる、A交渉決裂し開戦となった場合、陸海軍の統帥の統一を図れる、B敗戦の場合の責任を彼と陸軍に負わせる、というのが定説あるいは真相ということになっています。結果的に@は不要のこととなり、Aは最後までほとんど行われず、Bのみが現実となりました。

緒戦の勝利により、インド洋から、オーストラリア周辺を除く太平洋の大半をその勢力圏としましたが、ミドウェイ海戦での敗北でその勢いをそがれ、また海軍との統帥の一本化が出来ず、海軍の作戦に引きずられるようにガダルカナル、ニュ―ギニアと戦線を拡大し兵力を分散していきました。信じられない話ですが、ミドウェイ海戦の敗北を東條首相ら陸軍首脳部が終戦の時まで知らされていなかった様です。私もつい1年ほど前にある本で知りました。

この例に限らず、統帥部は「戦時統帥権独立」を盾に陸海軍の情報交換はもとより戦局情報の報告すら怠り、渋り、情勢判断に苦慮した東條首相は、1944年(昭和19)2月17・18日の米軍機攻撃による中部太平洋の重要拠点、トラック島基地の壊滅を知り、ついに慣例を破り、参謀総長を兼務し作戦の直接指揮を執ることとしました。

しかしなおも海軍との連携は思うに任せず、海軍連合艦隊司令部の指揮のもとに、同年6月15日から始まった米軍のサイパン島上陸作戦を支援する米空母機動部隊の撃滅を目的として、6月19・20日に戦われたマリアナ沖海戦に大敗北を喫し、米軍上陸も阻止できず、7月9日、同島守備隊約3万人は玉砕し、絶対国防圏の一角が崩れ、B29による日本本土空襲の拠点を与えてしまいました。此のサイパンの戦いも海軍艦隊司令部が指揮し、司令長官の南雲忠一中将は自決しました。

悪化する戦局の中、東條内閣倒閣運動が閣僚を含む重臣らの間で進み、それに内閣改造で対抗せんとし、昭和天皇へも直訴しましたが、ついに万策尽きてこの日内閣総辞職しました。しかし反東條で固められた後継の小磯国昭内閣と統帥部は何ら有効な方策を打ち出せず、無謀な特攻作戦と国家総動員体制の一層の推進を強行し、マスコミも1億玉砕、本土決戦を本格的に主張するようになり東條政権下より一層、戦局も世相も悪化して行きました。終戦の1年と1月前でした。

その2 彼は言った、、、 「ラ・ロシュフコー箴言集」より

謙遜は、褒め言葉を固辞するように見えるが、実はもっと上手に褒めてもらいたいという欲望にすぎない。

人が悪徳を咎めるのも、美徳を称えるのも、すべて私利私欲からに過ぎない。

 

編集後記あるいは近況報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

梅雨も開けて夏本番。いきなり猛暑日の連続です。体調管理に気をつけて、この夏も元気に爽やかに、と思っています。