ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)   111号  平成22年9月17日 

発行所 津城公認会計士事務所                    http://www.cpa−tsushiro.com

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

市場占有率から見た強者と弱者の区分

スーパー強者の条件

@     自分の会社が1位である A 42%以上の市場占有率を確保している(メーカーの場合。販売業では26%) B2位との間に10対6の差をつけていること

市場占有率が42%を超えると実質的に過半数を支配する力を持ったことになります。こうなると利益率は格段に良くなります。一人当たりの経常利益は業界平均の4〜6倍になります。

2008年のデータですが乗用車製造業がこのタイプで、トヨタが1位(占有率47%)、2位が日産(占有率16.6%)で、1,2位の割合が約10対4になっています。日本市場におけるトヨタの牙城は、よっぽどのことがなければ20〜30年は盤石か。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 税金一口メモ    給与所得  交際費等  

使用者から役員・使用人に交際費や接待費として支給される金品は、原則として、その支給を受ける者の給与とされますが、業務の為に使用すべきものとして支給されるもので、その事績が明らかなものは、交際費等となります。所謂、渡し切り交際費は給与とされますが、領収書等で清算されるものは給与とはされません。詳しくは事務所まで。(h22.03p298)

 

雑情報 その1 今日はどんな  9月5日 1905年(明治38) ポーツマス条約調印

1900年(明治33)義和団事変を奇貨とし、事変鎮圧を名目として満州に進駐し、事変解決後も居座り、さらに南下して朝鮮半島を併呑・植民地化する勢いを示すロシアに対して、いわば降りかかる火の粉を振り払うための戦争が日露戦争でした。  1904年2月から始まった日露戦争は1905年1月の旅順陥落、3月の奉天会戦の勝利、5月の日本海海戦の日本大勝利により大勢は決しましたが、国家予算の4倍の20億円の戦費をつぎ込んだ戦争のこれ以上の継続は困難と判断し、日本は、米国大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋による講和交渉を、米国東部のニューハプシャー州・ポーツマスで始めました。

ロシアは一地方的な戦闘に負けただけで、戦争に負けたのではないとの立場でしたが、国内的には厭戦気分が蔓延し、戦争の継続は革命すら招きかねない情勢でした。交渉は難航しましたが、@賠償金なしA南樺太の割譲B南満州鉄道とその付属権益の譲渡を主な内容とする講和条約が、この日調印されました。問題はその後でした。

講和条約の内容を知った米国の鉄道王ハリマンが、すぐさま金のない日本に南満州鉄道の共同経営を持ちかけてきました。ハリマンは世界一周鉄道の構想を持っており、伊藤博文、桂太郎、渋沢栄一らはこの提案に賛同し仮契約までしましたが、帰国した小村寿太郎が猛反対しました。日本人が血で贖った権益を掠め取るようなハリマンの提案が許せなかったのは正論ですが、感情論でもありました。

しかしこの一件を契機に、米国に日本に対する警戒心が生まれました。支那大陸進出を考えていた米国は、勝てるはずのない戦争に勝ち、支那大陸に列強並みの権益を持ち始めた日本が、支那大陸を支配するのではないかと、妄想を膨らませ始めました。妄想は現実的な政策となり、日本を仮想敵国とする海軍の増強を始めました。日本にはそんな気はサラサラありませんでしたが、、。

歴史の後知恵的な評論になるのでしょうが、小村寿太郎の反対なかりせば、またその反対を押し切ってハリマンとの共同経営が実現していれば後の歴史は変わっていたでしょう。実現していればロシアやチャイナ(支那)に、連携して対処できたでしょう。損して得取れという事もあります。相手にもよりますが、ロシアやチャイナ(支那)は論外ですが、考えていい提案だったと思います。

 

その2 彼は言った、、、 「ラ・ロシュフコー箴言集」より

葬式の盛大さは、死者の名誉よりも生者の虚栄心の為のものである。

陰謀においては不伐の気概が勇気を支えなければならない。これに対して、戦場の危険に際して必要な度胸は、勇敢さだけで十分事足りる。

編集後記あるいは近況報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

 全くひどい夏でした。今もその余韻的な暑さが続いていますが、この秋や冬はどうなるのでしょうか。心して経験し、体感し、記録に値すると思います。政治・経済状況も同様ですが、、。