ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)   116号  平成22年11月30日 

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

なぜ中小企業では市場占有率が低いか

経営に関する誤った先入観が、中小企業の市場占有率に対する意識を希薄なものにしています。市場占有率の重要性に気付かないまま、経営努力の内容と方向が見当違いになっている事が多い様です。その原因は次のようなものです。

1 経理偏重の経営の弊害

昭和30年代初頭から経営改善の研究が一般化し始めた時に、本を書いたり、セミナーの講師になったのは、主に簿記や会計の専門家でした。その為簿記会計が経営改善のための必要であるというだけに留まらず、唯一最大の手段の様に喧伝されてしまい、さらには、会計的な経営分析によって企業の内容を分析すること自体が、経営改善になるかの様に錯覚する経営者も出始めました。

簿記会計の主な目的は過去の取引を正確に記録し報告するという事です。経営分析も言わば健康診断的なもので、これをいくら一生懸命やっても業績は上がりません。野球の「スコアラー」の仕事は正確に記録する事ですが、いくら正確に記録を取っても勝負の行方を左右できるわけではありません。いくら健康診断を受けてもそれだけでは、健康になれません。

プロ野球のチームの目的は優勝です。経営の目的は儲けるという事です。記録は手段であり目的ではありません。市場占有率を高めることは目的ではありませんが、目的に直結しているという意味でほぼ目的と同視していいと思います。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 

 税金一口メモ    未分割遺産から生ずる法定果実  

例えば、賃貸アパートを所有していた大家さんが死亡して相続開始となってから、遺産分割が決定するまでに発生した家賃収入(法定果実)は、法定相続割合で確定申告することになります。その後遺産分割が法定相続割合と異なることとなっても、家賃収入の修正は不要ですので、確定申告をやり直す必要はありません。詳しくは事務所まで。(No3139P69)

雑情報 その1 今日はどんな  11月25日 1970年(昭和45) 三島由紀夫、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて割腹自決

40年前のこの日、三島は「楯の会」メンバー4名とともに自衛隊市ヶ谷駐屯地に東部方面総監を訪問し、これを人質にして、隊員を集め、クーデターを促す演説をしましたが賛同を得られず、午後12時15分ごろ割腹、介錯により絶命しました。

当時大学の2年生だった私は、映画「黒蜥蜴」や写真集「薔薇刑」などは見ていましたが、三島作品はほとんど読んでおらず、彼の主義主張もよくは知らず、それは衝撃というより、何か唐突な、縁遠い出来事に思えました。三島が本気で自衛隊のクーデターを期待していたとは思えません。理由は様々に言われていますが、以下の三つが主なものでしょうか。

1  其の2年前の昭和43年に川端康成がノーベル文学賞を受賞し、ひそかに受賞を期待していた三島は泣いて悔しがったという事です。「次に日本人が受賞するのは15年か20年後ぐらいだろう、それは多分大江健三郎だろう。」と語ったそうです。それまで待てなかった?1994年、予言通り大江健三郎が受賞しました。

2 創作能力の枯渇。この説の代表者は松本清張です。ある文学全集の編集の際に三島の強い反対意見で、清張作品を入なかった事があったそうです。その恨みが、言わせたのかもしれませんが、、。

3 肉体的な衰え。あるとき友人に三島が「俺も来年は45ですよ。そのうち腹も出てくるのかな、、」とぼやいていたそうです。老いさらばえて行く姿を見たくなかったのかも。人一倍外見を気にし肉体美を誇っていたようですから。

芥川龍之介の自殺にもいくつかの理由が挙げられていますが、三島にも上記を含むいくつかの理由があったのでしょう。三島が予言した「無機的な、空っぽな、ニュートラルな、中間色の」日本は、ほぼその通りになってしまいました。「抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう。」とした予言は、崩れつつあります。「善良な老経済大国」になりつつあるような気がしてなりません。あの頃はまだ良かった、その死に方や理由はともかく、三島はいい時を選んで死んだ、、、のか?

その2 彼は言った、、、 「ラ・ロシュフコー箴言集」より

美しい物の中には、あまりにも完全に出来上がった時よりも、未完成のままの時の方が光って見える物がある。

国に中の奢侈と過度の文明化があるのは亡国の確かな前兆である。なぜなら全ての個人が自分自身の利に汲々として、全体の幸福に背を向けるからである。

編集後記あるいは近況自分は報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

時が経つにつれ、三島事件の意味を問う声が大きくなってくるような気がします。今一度教育から立て直さなければならないと思います。NHK,某報道機関のある種の報道は、ほとんど犯罪的な亡国的行為だと思います。