ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)   125号  平成23年4月15日 

発行所 津城公認会計士事務所      http://www.cpa−tsushiro.com

TEL03−3654−8130 FAX03−5607−2482   (バックナンバーはHPやブログで見られます) 

ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

強者(弱者の反面教師)の戦略に学ぶな(5)  強者は広域市場を目指す

戦争で敵よりも多数の兵力を擁する優勢軍の指揮官は、その圧倒的な兵力と火力をフルに活用すべく、見通しの良い広い戦場で一気に雌雄を決しようとします。

経営でも大企業は、東京だけではなく、関東一円、東日本全体、更には日本全体とその営業地域を広げ、隙間なく支店、営業所を配置します。更には北海道担当の子会社等の地域統括子会社を各拠点都市に作り、傘下の支店営業所の管理監督を密にし、さらにきめ細かい営業を行う。

「まんべんなく」「くまなく」「隙間なく」広域営業地域をカバーする。という事になりますい。トヨタ自動車、パナソニックなどがその例ですが。

弱者は決してこの真似をしない様に、「隙間探し」「穴場探し」「裏道探し」に徹する。

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 税金一口メモ    被災者への自社製品の寄付    (No3157p37)

法人が自社製品を無償で提供した場合、その費用の額は通常は寄付金とされますが、不特定多数の被災者を救援するために緊急に行う自社製品等の提供に要する費用の額は、寄付金に該当しないとされています(法基通9-4-6の4)。特定のごく限られたもののみを対象とする利益供与を目的としたものを除き、全額損金算入できます。物品だけでなく無償の役務の提供(通信業務)等についても同様です。詳しくは事務所まで。

雑情報 その1 今日はどんな    4月1日 1945(昭和20)  沖縄決戦始まる   

 フィリピンを奪還した米軍は、台湾を牽制しながら沖縄攻略を目指し、323日から沖縄攻撃を開始しました。攻める米軍おおよそ60万人、迎え撃つ日本軍は学徒兵も含めて12万人ほど。この日の早朝、日本軍の守備の薄い中西部に、陸軍、海兵隊が上陸を開始しました。日本軍は硫黄島の戦いに倣い、水際作戦を取らなかったので、米軍は5日までに反対側の東海岸まで、沖縄本島を南北に分断するように中央部を占領しました。

日本は宜野湾の南部に主力を置き、徹底的持久作戦を沖縄戦の基本方針とし、北部は1個大隊程度しか配置していなかったので、米軍に22日までに制圧されました。徹底的持久作戦とは「敵の工業製品(爆弾)対我が土壌(地下陣地)の戦い」、1トン爆弾、40センチ砲弾を地下陣地により無力化し、寄せ来る敵を接近戦、肉弾戦で薙ぎ倒す作戦です。このゲリラ的作戦に米軍は攻めあぐね損害を重ね、一方日本軍は食料、弾薬は十分に備蓄してありましたので、この作戦を徹底すれば勝てると意気軒高でした。

しかし、この優勢なる状況を奇貨とし、当初作戦を無視した大本営の、地上戦に打って出て、北、中飛行場を航空隊(特攻隊)の為に確保せよとの訓令が度々あり、現地軍も、「今なら勝てるかもしれない」と、54日、地下陣地から出撃したのが運のつきでした。米軍の待ってましとばかりの圧倒的な爆撃、砲撃の下に、日本軍兵士は枯葉のように吹き飛ばされていきました。623日司令長官牛島満中将自決、625日組織的戦闘止む。

沖縄戦で勝利し、米軍を撃退出来れば、「日本軍恐るべし」の声高まり、秘かに交渉中だった講和、停戦も有利に運び、無条件降服などという事もなかった可能性があります。さすれば戦後の日本は変わっていたでしょう。

「乾坤一擲」の決戦に、「長蛇を逸っした」つけは、限りなし。其れは、昭和天皇や日本軍に対する、謂われなき、見当違いの非難となって、今に続いています。沖縄の人々が、「われら斯く戦えり!」と、誇りを以って言える日は、何時になるのでしょうか?因みに、第2次世界大戦の名将10人の中に、日本から2名選ばれていますが、1人は硫黄島の栗林忠道中将、もう1人はこの沖縄戦の牛島満中将です。

その2 彼は言った、、、 「ラ・ロシュフコー箴言集」より

我々が友達の死を惜しむは、必ずしも故人の真価を考えてではなく、自分に必要な人だったとか、せっかく自分を高く買ってくれていたのに、などと考えるからである。

人は他人の心中を忖度するのは好きだが、自分の心中を忖度されるのは好まない。

編集後記あるいは近況報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

対策会議ばかり多く、政治主導という名の無責任な命令を頻発する、菅内閣の大震災に対する指揮ぶりと、沖縄戦に無用の口出しを繰り返し、現地軍を悩ました本営がダブって見えます。