俊ちゃんニュースレター翔牛(しょうぎゅう) 第33号         平成19年2月11日 

発行所 津城公認会計士事務所                        http://www.cpa−tsushiro.com

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

ランチェスターの法則の応用―強者の戦略と弱者の戦略

強者(競争条件が有利な企業)の戦略

 経営の要点の1つ1つに第2法則で目標を定め、第2法則で運営する。例えば、

1)  間隔戦、確率的な商品を選び、2)人口の多い大都市を重視し、3)利用者の多い業界や客層を重視し、

)間接販売を中心とした営業方法をとる。

弱者(競争条件が不利な企業)の戦略

 経営の要点の1つ1つに第1法則で目標を定め、第1法則で運営する。例えば、

 1)一騎打ち戦的な商品を選び、2)海や川や山で分断された孤立的な営業地域を選び、3)個別対応的な業界や客層を選び、4)エンドユーザーに直販する営業制度や営業活動を実践する。

(第1法則、第2法則については29号、32号を参照してください。)

税金一口メモ   退職金に対する住民税の計算方法の変更  

平成19年1月1日以降、従来の地方税法別表第1、第2による方式から、次の計算式で求めることになりました。都道府県民税額=退職所得X3.6%、市町村民税額=退職所得X5.4%。詳しくは事務所まで。

雑情報 その1 今日はどんな日

2月6日 日露国交断絶通告〜日露戦争の序章〜 1904年(明治37) 1900年の義和団事変の混乱収拾を名目に、満州へ出兵したロシアは、事変鎮圧後も同地に居座り清朝を脅迫し、その植民地化を企図し駐留軍を増強しました。更に不凍港を求めて南下を図るロシアの動きを、自国の権益に対す重大な侵害と見た英国は、ついに「栄光ある孤立」を捨て、1902年日本と同盟を結びロシアを牽制しました。

1903年8月からの日露交渉でも、ロシアは強圧的な態度で、朝鮮半島の39度線までをロシアの勢力範囲とするよう要求し、満州はロシア、朝鮮は日本とする妥協案を拒否。ロシアは日本には戦争する力も意思もないと見下し、傲慢な挑発的な態度に終始していましたから、この日外務省に呼ばれ日露国交断絶を通告されたロシア公使ローゼンは、「これは戦争を意味するのか」と狼狽を隠せませんでした。

ニコライ2世(皇太子時代の1891年、日本訪問中に警備巡査の津田三蔵に切りつけられ負傷。世に言う大津事件。)も「戦争はありえない。なぜなら朕がそれを欲しないから。」と開戦の決定権はロシアにあり、日本はいかなる屈辱を受けても、屈服する他ないと慢心していました。

当時のロシアはフランス皇帝ナポレオン1世を倒して以来、自他共に認める世界最強の軍事力を誇り、日清戦争に勝利したとはいえ、極東の小国日本がロシアに対して国交断絶、開戦に踏み切るなどと言うことは想像だにしないことでした。しかし、日本は断固として国交断絶、開戦に踏み切りました。

日露戦争は大東亜戦争(太平洋戦争)に比べると、はるかに勝ち目の少ない戦争でした(大東亜戦争は当初作戦通りやっていれば勝っていたでしょう。少なくとも満州を含む大日本帝国の存続を、世界に認めさせる名誉ある終戦を実現できたはずです。)。勝ち目の少ない戦争で勝ち、勝ち目の多い戦争で屈辱的な大敗を喫する。その差は何でしょうか。やはり指導層、指揮官の人間力の差でしょうか。人間力とは何でしょうか?歴史と人間と現実と将来に対する洞察力と指導力だろうか、などと考える今日此の頃です。

その2 彼は言った、、、                          

貪欲は気前のよさ以上に理財の道に反する。(ラ・ロシュフコー箴言集)

希望はもっぱら人をたぶらかすものだが、それでも、人生の終着点まで楽しい道を通って我々を行き着かせることにおいて、少なくとも役に立つ。(同上)                

編集後記 暖冬ですね。この冬はまだコートを4,5回しか着ていません。此処15年ほどになりますが、朝晩冷水シャワーを浴びていますので、皮膚の耐寒性が強くなった性もあるかも知れませんが。

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