俊ちゃんニュースレター翔牛(しょうぎゅう)  第49号     平成19年12月16日 

発行所 津城公認会計士事務所                      http://www.cpa−tsushiro.com

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

社長の行動指針(2)

4 試しにやってみる

  大金がかからず、効果のありそうな事は、失敗して元々と割り切って、とりあえずやってみる。その繰り返しの中で勘所がつかめるようになる。

5 積極的で行動力のある人と交流する

  言い訳がましい人は避けて、元気のいい人と付き合う。本は読んでる人のほうがいいと思います。

6 1位のある異業種の社長と交流する

  何かしらで1位の分野、得意分野を持っている人と付き合い、そのノウハウを吸収する。

(参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)

 

 法律一口メモ  特例有限会社(5) 取締役の人数 

取締役の人数は、有限会社法におけると同様に、1名以上となっています。また、有限会社法や、商法にはなかった、補欠取締役という制度が新設されました。詳しくは事務所まで。

雑情報その1 今日はどんな日 12月13日 1937年(昭和12) 南京陥落

この年の7月7日、盧溝橋で日中両軍が中国共産党の謀略に乗せられて衝突。いったん停戦となり、日本も不拡大方針を採るも、8月9日に上海で大山勇夫海軍中尉の待ち伏せ銃撃殺害事件が発生。その後処理等をめぐり第二次上海事変が勃発し全面的な日中戦争へと拡大して行きました。

首都南京を包囲したのは12月8日。翌9日に降伏勧告を行うも、中国軍はこれを無視。翌10日から総攻撃となり早くも13日には陥落。

しかしその陥落の前夜、南京防衛司令官「唐生智」は少数の幕僚と共に、部下に何の指示も命令もすることなく、夜陰にまぎれて密かに南京城を脱出(敵前逃亡)しました。残された中国軍は指揮官を失い、降伏することも出来ず、軍服を脱ぎ捨て奪った服に着替え、市民の中に紛れ込みゲリラ化(便衣隊)しました。

30万人が無差別に虐殺されたと中国側は言い募っていますが、殺害されたのは、仮にあったとしても、これら便衣隊です。ゲリラは国際法上、裁判なしで殺害、処刑が許されています。

また当時の南京の人口はおおよそ20万人で、南京陥落の前後でほとんど変わっていません。むしろ、綱紀厳正で食料も十分持っていた日本軍の占領と同時に、略奪などがない治安のいい市内に、周りから多くの人々が流れ込み、翌年1月6日の人口登録では約5万人増えています。

さらに、南京はオープンシティーとして多数の欧米人が居住ないし出入りしており、またな内外の報道関係者が何の規制もなく自由に行動し、報道していましたから、無差別の30万人虐殺など、その目を逃れてできるはずがありません。南京はナチスドイツのアウシュビッツのような、隔離された収容所ではありません。

 

その2 彼は言った、、、 ラ・ロシュフコー箴言集より

いったん本当の愛が冷めてしまったら、二度とその人を愛することは不可能である。

気質には頭脳より多くの欠陥がある。

人の偉さにも果物と同じように旬がある。                       

 編集後記 

今年も後半月。忘年会も大方終わりました。遣り残しを片付け、あと一踏ん張り。終わりよければ全てよしといきたいものです。

(ご不要の方は、ご連くださいますようお願い申し上げます)