俊ちゃんニュースレター翔牛(しょうぎゅう)  第53号  平成20年2月29日 

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

業績向上の為の攻撃目標の定め方

1 2代目で朝が遅くまともな経営努力をしていないが、高級車に乗り、交際費をどんどん使っている会社。

2 初代でも、公職や名誉職を多く引き受けて、会社経営を放置している会社。

3 社長が経営戦略を勉強せず、従業員に文句ばかり言っていて、従業員がヤル気をなくしている会社。

4 納期が遅い会社。

5 顧客対応が悪く、お客の評判が悪い会社。

6 大会社を攻撃目標にする時は、弱点を狙う。

攻撃目標を誤ると労多くして、益少なく、痛い目にあいますので気をつけましょう。

 

     (参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)

 法律一口メモ  特例有限会社(9) 監査役の要否と任期 

特例有限会社では、監査役の設置は任意です。監査役を設置する場合は定款に定めることが必要です。また設置する場合は任期は特に無いので何時までも在任することが可能です。詳しくは事務所まで。

 

雑情報その1 今日はどんな日 2月22日 622年(推古30年) 聖徳太子薨去(こうきょ)

 20才の時(594年)、推古天皇の摂政として国政を担当することになった時、大陸では隋が中国を統一(589年)していました。この当時から近代まで、周辺諸国の最大の対中国外交課題は中国の政権といかなる関係を結ぶかと言うことでした。

つまり、国王号をもらい臣下としての礼をとり、朝貢貿易で利益を得るか、対等の関係を択ぶか、敵対するか、と言うことです。朝鮮は「朝鮮国王」として臣下の礼を取りました。当時、日本は朝鮮から三韓進調と言う形で朝貢を受けており、「日本国王」として朝鮮と同列の関係を結ぶわけには行かないと、言うのが日本の立場であり、考えでした。

607年、小野妹子にあの有名な「日出ずる処の天使、書をもって日没する処の天使に致す、恙(つつが)無きや、、、」の国書を持たせて髄に派遣しました。煬帝(ようだい)は、「国」は隋だけであり、「天子」も自分だけだと、大いに怒りましたが、結局、日本が国としての制度を持しており、小野妹子も官位を持った正式な使者である事を認め、対等の国交を結ぶことにし、翌年,小野妹子が帰国する時、裴世清(はいせいせい)を返礼の使者として派遣しました。

この一事が、その後の日本の対中関係をはじめとする外国との日本の国の基本方針となりました。朝鮮は概ね中国の属国でしたが、日本は常に対等でしたし、時には対等以上でした。この聖徳太子の偉業、遺産を守り抜くことが子孫たる我々日本人の使命だと思うのですが、そんなことも知らずに、諸外国のご機嫌取りに汲汲とする、情け無い日本人が多くなりました。

この日、太子は斑鳩宮で薨去。御年は織田信長と同じ49歳でした。太子の志は、23年後の645年(大化元年)に中大兄皇子(天智天皇)の大化の改新に引き継がれて行きました。

 

その2 彼は言った、、、 ラ・ロシュフコー箴言集より

人が節度を美徳の1つに祭り上げるのは、偉人の野心に歯止めをかけ、凡人の不運と無能を慰めるためである。

人生には、時として狂気にならなければ切り抜けられない事態が起こる。

 編集後記 

寒の入り以来本当うに寒い日が続いています。確定申告もいよいよ本番です。これが終わる3月15日は、暖かく本当にホッとします。その日を目指して一ヶ月頑張ります。

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