俊ちゃんニュースレター翔牛(しょうぎゅう)     第62号  平成20年7月18日 

発行所 津城公認会計士事務所                      http://www.cpa−tsushiro.com

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

差別化的目標設定法

1強みを生かして弱みは捨てる(2)

負けているものでいくら頑張っても仕方がない。強力なライバルに勝つには次の様な事をやってみる。

@     お客の立場から見て特徴のある商品、サービスを探し、あるいは開発しそれに力を入れる。

A     伸びている商品、サービス、あるいは伸びている地域、業界、客層を探しそれに力を入れる。

B     自社商品で伸びているもの、強いものに力を入れる。

C     自社が強い地域に重点的に経営資源を投入する。

人、資金等限りある経営資源で経営するには弱いものはカットせざるを得ない。それには社長の決断力が必要になる。

      (参考文献:竹田陽一著「小さな会社・社長のルール」ほか)

 税金一口メモ  減価償却制度  資産区分、法定耐用年数の見直し 

機械及び装置を中心に、資産区分を整理するとともに、法定耐用年数の見直しがおこなわれました。従来390区分あった資産区分が、55区分に整理され、別表も従来8あったものが6に整理統合されました。詳しくは事務所まで。

雑情報その1 今日はどんな日  7月16日 1894年(明治27) 日英通商航海条約調印

1858年(安政5)に調印された日米修好通商条約を始めとする安政の不平等条約(治外法権、関税自主権なし)の改正が、明治新政府の最大の外交課題でしたが、数度の条約改正交渉はいずれも失敗しました。

前年にロンドンで始まっていた条約改正交渉がまとまり、この日、駐英公使青木周蔵と英国外相キンバレーが日英通商航海条約に調印しました。ただし治外法権の撤廃だけで、関税自主権は全品目の30%ぐらいしか認められませんでした。他の条約締結国とも同様に条約を改正しました。

その半月後に始まった日清戦争で、日本は世界の大方の予想に反して、当時「眠れる獅子」と恐れられていた清国に圧勝し、その張り子の獅子振りが世に晒されました。また1904年から翌5年にかけて戦われた日露戦争にも勝利し、又しても世界を驚倒せしめ、あるいは狂喜せしめました。日露戦争は非白人が白人に勝った最初の戦争で、その後の世界に多大の影響を与えました。

こうした日本の目覚ましい躍進にさしもの米英等も、日本を未開な後進国とはいえなくなり、1911年(明治44)2月21日、日米通商航海条約によって、完全な関税自主権を獲得しここに開国以来の不平等条約は撤廃されました。それまでの53年間、輸入関税は高くて20%。通常は5%から10%に抑えられて、極めて不利な条件での貿易を強いられました。

こうして、血と汗を流しながら、列強の1国として弱肉強食の帝国主義全盛の世界に、否応なしに対等の立場で臨まざるを得なくなりました。其処(そこ)は食うか食われるか、言い訳のきかない、後戻りの出来難い世界でした。

 

その2 彼は言った、、、 ラ・ロシュフコー箴言集より

二人がもう愛し合わなくなっている時は、手を切るのも大層難しい。

うんざりすることが許されない人を相手にしていると、ほとんど決まってうんざりする。

紳士は気違いのように恋をすることはあっても、馬鹿のように恋することはない。

 

 編集後記 

梅雨が明けたのか、まだなのか、蒸し暑い日が続いています。こうなると少々の風では噴き出す汗は止まりません。あと約2か月只管(ひたすら)耐えるしかないと思い定めるしかありません。

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