ニュースレター   翔牛(しょうぎゅう)  98号  平成22年2月28日 

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ランチェスター戦略による 社長の経営戦略教室  

競争勝つための「将軍の術」

兵士の術は槍や刀で敵を倒したり、ライフルや大砲、更には飛行機やミサイルを操作して敵を撃滅するなど、その行為と目的とするところが目で見てわかります。

しかし将軍の術は目で見る事が出来ません。そこで兵士の術を「見えるもの」、将軍の術を「見えざるもの」とギリシャ人は言いました。明治時代に欧州に留学し軍学を学んだ軍人は、前者を戦術、後者を戦略と翻訳しましたが、それよりも「兵士術」、「将軍学」とでも言った方が良かったかも知れます。

将軍の術は多岐に亘りますが、およそ11の分野に分けて研究し実戦の経験を積むのが便宜のようです。

1 攻撃目標を決める             7 軍資金の調達方法を決める

2 戦いの大義名分を決める          8 部隊、部署ごとの人員を決定する

3 敵の情報を集める             9 食料・弾薬等の補給方法ルートを決定する   

4 兵器の種類と組み合わせをきめる     10 戦闘期間を・時間を想定あるいは決定する

5 戦場を決定する             11 作戦計画書と戦闘計画書を作り部隊責任者に伝達する

6 陣形を決定する

 

(参考文献:竹田陽一著「ランチェスター 中小企業の成功戦略」ほか)

 税金一口メモ    資本的支出   

減価償却資産の改良のために支出した金額の内、資産価値を増加させたり、耐用年数を延長させるような部分に対応する金額は、資産計上する事となりますが、従来はその金額を対象資産の取得価額に合算し償却していましたが、平成19年4月1日以降は新規に取得した資産として償却することとなりました。詳しくは事務所まで。3101.53)

雑情報 その1 今日はどんな 2月21日 1911年(明治44) 関税自主権完全回復、不平等条約撤廃 

1853年(嘉永6)三浦半島の浦賀沖へペリーが軍艦4隻を率い開国をせまったのが日本の近代史の始まりでした。翌1854年の日米和親条約により1641年以来続いた鎖国を解き開国することとなりました。た1858年(安政5)の日米修好通商条約により本格的に外国と交易することとなりましたが、それは、外国人を日本で裁判する権利がなく(治外法権)、輸入品に対する関税を自由に決める権利(関税自主権)のない、日本にとり過酷な不平等条約による半植民地的な開国でした。

しかしそれでもインド等のアジア・アフリカ諸国の様な完全植民地化や、清国(中国)の様に強制的に各地を割譲、租借されるのに比べればまだましな方でした。それは、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛等数百人の幕末から明治維新にかけての、志士達の捨て身の獅子奮迅の活躍によって辛うじて成ったものでした。

この不平等条約の改正が明治政府の最大の政治的外交的課題でした。鹿鳴館を作って(1883年)の夜毎の舞踏会や、憲法その他法令の整備や教育の普及に努め、近代文明国家としての認知と、対等の条約締結を迫りましたが、日清・日露の戦勝まで列強諸国はこれを無視し続けました。

多大の犠牲を払っての、薄氷を踏むような、しかし列強諸国を震撼せしめるような日露戦争の勝利によって、ようやくこの日、半世紀をかけて不平等条約が撤廃されました。まさに力こそ正義。勝てば官軍、負ければ賊軍。この事は、その3年後の1914年に勃発した第1次世界停戦から第2次世界大戦、そして今日の米国や中国・ソ連を見ていれば良くわかります。勝者の横暴・残虐は看過され、あるいは正当化され、敗者のそれは針小棒大的に非難され、無かった事まで有った事にされ、被害者のはずが加害者にされ、正当防衛までが否定され、善意・美談・貢献も無視され、あるいは悪意を持って見られます。100年経った今でも、あるいは未来永劫、、、。

その2 彼は言った、、、 ラ・ロシュフコー箴言集より

中庸は節食のようなものである。もっと食べたくてたまらないが体を壊すのが怖い。

人はみな、相手が自分の中に見つけるアラを相手の中に見つける。

編集後記あるいは近況報告・雑感 (ご不用の方はお申し出くださいます様、お願い致します。)

春一番も吹いて、急に気温が上がってきました。ここ1,2日で朝の気温が約10度上がりました。寒がりの職員も暖房なしで平気の様でした。一句出来ました。「春一番 吹いてふくるる 桜の芽」